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『美女と野獣』の野獣はなぜ美女を引き寄せたのか?

美女と野獣と実写版、あらすじに突っ込む

ディズニーアニメ『美女と野獣』が、エマ・ワトソン主演で実写版になりました。日本では4月21日に公開されます。

外国では既に公開されており、実写ミュージカル映画史上最高の興行収入を叩き出しているそうです。

予告編はこちら。

アニメの世界観がそのままですね。映像も音楽も素晴らしい〜。

さて、当ブログではこの『美女と野獣』実写版の公開につき、あらすじを簡潔にまとめ、ストーリーに含まれる大きな矛盾にツッコミを入れてみたいと思います。

美女と野獣の簡潔なあらすじ

ディズニーアニメ版の『美女と野獣』のあらすじはWikipediaに長々と載っていますが、簡潔にまとめると以下のようになります。

 

醜い老女「バラをあげるから、一晩止めておくれ」

若くて美しい王子「醜いから断る!

醜い老女「人を見かけで判断しちゃいけないよ」

魔法が発動。醜い老女は美しい魔女に、王子は野獣に変わる。

美しい魔女「バラの花が散るまでに真実の愛を見つけな」

十年後、街一番の美貌を持つベルがなんだかんだあって城にやってくる

いろんな事件を乗り越え、野獣とベルの間に真実の愛が芽生える。

魔法が解けて、野獣は美しい王子の姿に戻りハッピーエンド

 

個性豊かなキャラクターがふんだんに登場しますが、「人を見かけで判断してはいけない、本当の美しさは心のなかにありますよ」という教訓は原作のフランス民話から変わっていません。

いやあ、いい話ですね〜。

 

ん、まてよ…

 

・・・!!

 

いやいやいや、全然良くなかった。

矛盾しまくりじゃないですか!!!!

『美女と野獣』ストーリーの矛盾

もう一度、あらすじの最後を見てみましょう。

 

野獣になった王子は、“街一番の美女”ベルの愛に触れて魔法がとけ、元の若くて美しい姿に戻ります。それで、めでたしめでたしですよ。

 

・・・

ハァァァ?!

確かに、ベルは人を見かけで判断していません。野獣王子の心の美しさに惚れたわけですからね。ガストンのせいで、ハンサムにトラウマがあったのかもしれませんが。

 

しかし、問題は野獣王子です。

 

お前さんは、、、

 

 

 

 

単に美女を好きになっただけだ!

やってきたのがベルじゃなくてまた老けた醜い太ったオバハンだったらどうしたんでしょう、このケダモノめ。

 

まぐれじゃん…。

 

 

私は、もう一つ突っ込みたいことがあります。

まあ、美女がたまたま愛してくれたのも、“たまたま”美女を愛したのも良いとしましょう。

二人とも、見かけで愛したわけじゃないことにしておきましょう。ねっ。

 

 

だが、しかーし!!!

 

人を見かけで判断せず、心を愛せるようになったことの「ごほうび」として与えられるのが、自らの外見の美しさであり、外見の美しいパートナーなのです。

 

なんか、それって、おかしくないですか? プンスカ!

本当に心の美しさで幸せを感じられるんだったら、別にもう美しい王子に戻る必要なんかないし、ベルはデブスなオバハンでもいい。

良いじゃないですか、野獣の姿のままでもベルは愛してくれるんだし。その代わり、ベルがぶっくぶくに太って不細工になっても愛せるんでしょうなぁ、野獣さん?

なぜ「美女」と野獣でなければいけないのか?

本当に外見に惑わされず、心の美しい相手を愛して幸せなんだとしたら、ずっと野獣のままで差し支えないし、ベルはブスでも構わない。

でも、物語はそうじゃないんですよね。もちろん、ベルがハーマイオニーじゃなくて森三中の大島さんだったら申し訳ないけど「絵にならない」っていう興行的な理由もあると思います。

しかし、もっと根深い原因があるように思われます。

 

幸せの象徴は、ハンサムと美女なのです。

顔が良ければ幸せかというと、それはまた別の話です。あくまでも、物語上で幸せを象徴するものがビジュアル的な美しさであるということです。

外見の美しさ=善・幸せ・心の美しさ

これが、ディズニー映画だけでなく多くの物語にはびこる大前提だからです。

  • シンデレラの姉は醜く意地悪であり、シンデレラは美人で優しい。
  • 白雪姫の継母は美しさで負けて意地悪、白雪姫は美少女で優しい。
  • ノートルダムの鐘のカジモドは優しいけど、最後に美女をゲットするのはハンサム野郎です。

たとえ当人がそれを望んでいなくても、良いことをしたご褒美に与えられるのは金銀財宝+美女と相場が決まっております。

なので、心の美しさを描いた『美女と野獣』であっても、ハッピーエンドにするためにはどうしても美男美女になって終わらないといけないのです。

精神的に手放したときに現実的に手に入れる引き寄せの法則

手放すと、手に入れる引き寄せの法則

ちなみに、無欲な人が望んでいないものをご褒美として与えられる物語のパターンは他にもいっぱいありますね。

 

『金の斧』では、

「あなたが落としたのは金の斧ですか? それとも鉄の斧ですか?」

こうきかれて、正直なきこりは本気で鉄の斧が無いと仕事ができないと思ったので「鉄の斧です」と言ったわけですが、結果的に金の斧を手に入れます。

 

『かさじぞう』では、

「お正月のごちそうなんか無くても、良い行いをしたから幸せですねえ」

と言ってお湯を飲んで寝ていた老夫婦の元に、お正月のごちそうとお宝が運ばれてきます。

 

他にも、『おむすびころりん』『したきりすずめ』などなど、欲張りは痛い目にあうのに、欲のない人の所にご褒美が与えられるという矛盾した話はいくらでもありますね。

じゃあ、欲のない人たちが金銀財宝や美女、ハンサムな王子様などをゲットしたときに嬉しくないかというと、たぶん嬉しいはずです。「めでたし、めでたし」と書いてありますから。

 

無くても幸せ。でも、もらえるものはもらって、更に幸せ。

この感覚は、一見すると矛盾しているように思われるかもしれません。

 

しかし、このように「精神的な執着を手放した瞬間に、現実的には与えられる」という現象は実際によく起こります。

たとえば、「パートナー欲しい!一人だと寂しくて不幸だ」と今の自分を否定してこれから得ようとするものに執着するよりも、「一人の今は今で最高に幸せ」と心から感じて手放している方が結果的にパートナーに出会える確率が上がります。

この法則を、ちょっとスピリチュアルなところでは「引き寄せの法則」と呼びます。

引き寄せの法則から見た『美女と野獣』

美女と野獣と引き寄せの法則

改めて、『美女と野獣』のストーリーを見てみましょう。

 

野獣王子は、最初に美しい人間の姿をしていたとき、醜い老婆に冷たく当たります。

それは裏返せば「もしも自分も美しさを失ってしまったら、誰かに冷たくされる」ということになります。実際にそうしない人がいるとしても、王子自身の中のルールではそうだということですね。

すると、「美しさ」に対する執着が生まれます。

その結果、自らも野獣の姿に変えられてしまいます。よくばりじいさんの如く、欲しいものに執着しすぎて失ってしまいました。

そこへ、ハンサム・アレルギー(笑)のベルがやってきて真実の愛を受け取ることにより、「美しくなければいけない」という執着を手放すことができたのです。もう、野獣のままでも幸せだわ〜と。

執着を手放した瞬間、魔法が解けて元に戻ります。「美しさ」を引き寄せた格好です。

 

なお、美しいベルを引き寄せている時点で、ある程度は自分の「醜さ」を受け入れ、「美しさ」への執着を手放せていたという見方も成立します。

さもなければ、ブスなオバサンが遣わされて真実の愛を自分から見つける試練が与えられたかもしれません。

大前提として「美しい」方が良い。けれども、醜くても構わない。

完全に執着がなく、どちらでもOKと言い切れた時に良い方を引き寄せるのです。

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