心を育てる

リア充よ、これが非リアの生き様だ! 私の人生のどん底まとめ

人生のどん底から這い上がる

人生は、山あり谷あり。誰だって何回も人生のどん底を経験しますよね。

私の場合は億単位の借金を抱えたとか、何回も離婚した、とか派手なのは無いんですが、それなりにどん底を経験してきました。

失恋とか今だから笑えることもありますが、当時は、それはそれはもう、お先真っ暗でした。

今回は、私が人生のどん底だったと思うことをまとめました。無事に這い上がることができ、なんとかなったので今生きていますので、どうぞ気楽にご覧ください。

それでは、ブス×運動ができない×コミュ障という三重苦の非リアなわたしの人生のどん底を時系列でどうぞ!

幼児期、妹にお母さんを取られる

幼少期の人生のどん底

大人になった今思えばどうってことないですが、3歳のときに妹が生まれてお母さんを占領された のは、幼少期の最大の転落だったと思います。

それまでが両親、祖父母にもめちゃくちゃチヤホヤされて育っていたので、落差に愕然としました。もうこの家に誰も味方はいない!と思って脱走を試みたことがあります。

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小年生、担任の先生が怖い

1年生の担任のみゆき先生は怖かった です。幼稚園のぬるい感じとは違う、小学校の洗礼を受けた感じでした。

私はちょこまか動き回って話を聞いていない、忘れ物も多いという若干ADHDグレーゾーンっぽいところがあります。当時は発達障害とういう概念も浸透していなかったので、先生も相当扱いに困ったと思います。

話を聞いている間に空想の世界にトリップしてしまって、皆が今何の作業をしているか分からない!ということが多々あり、みゆき先生から「めのざっこ」というあだ名を付けられました。

なんか方言でちゃんと見てない?とからしいのですが、皆に言われて悲しかったです。本気で小学校辛くて、毎朝のようにお腹壊してました。

なお、2年生の担任のゆうこ先生は激甘で小学校はパラダイスでした。

中学生、ソフトテニスできない

運動ができません

中学生のとき、ちょうど伊達公子さんが活躍しているときだったかして、同じクラスの席が後ろだった子も見学に行くと言うので、ソフトテニス部を見に行ってそのまま入部することにしました。

持ち前の運動神経の悪さに加え、斜視でボールとの距離感をつかむことができず、前衛でしたがサーブ・スマッシュはスカしまくりで、ボレーは顔面で受けるという役立たずっぷり でした。

しかもけっこう顧問の先生がガチで強くしよう!と張り切ってる人で、めっちゃ怒られまくっていました。その先生は髭の剃り跡が青いので、影では「アオ」と呼ばれていました。

ここでも、ぼーっと違う事を考えてアオ先生の話なんか聞いてないので、「今、何話してたか言ってみろ!」と皆の前で怒られるなど、悲しい思い出がいっぱいのソフトテニス部でした。

なお、高校では自分の運動能力をあきらめて文化部になります。

高校生、失恋する

コミュ障だったので、中学ではほとんど男子と話したことがなかったのですが、高校の将棋部に入って異性間コミュニケーションを初体験します。

そこの将棋部の先輩たちが、ずーっとアニメの話ばっかりしてて、『HUNTER×HUNTER』用語とラピュタ用語で将棋をしてました。

飛車を振ったら「今の私はエンペラータイム!

囲い崩し始まるときに「バルス!

みたいなノリでした。

今思うとなんでだか分からないのですが、そこの先輩の一人を好きになって告って振られました。振られた理由は、

「女にも男にも興味ないから」

でした。どこのアニメだろう…。その時は割と死にたかったです。

大学生、失恋する

彼氏がB専と言われてた

ファーストキスは、大学生で初めて付き合った人でした! バイト先の学年1個上の人です。

片手で目隠しされてドキドキしたんですが、今思うとあれはブス隠しだったのかも?!

あ、あとその彼氏が友達から「B専」※ブスが好きな人  と呼ばれていて ゴメンネ、という気持ちになりました。

1週間ぐらいで元カノとヨリが戻ったとかで、まだ何もしてないうちに振られました 。ちくしょう!その二人もまたすぐ別れてました。ざまあ!

と、思ってたら、なんでだか分からないのですがその後二人ともと友達になりました

社会人その1、失恋する

大学3年のときから別のバイト先の社員の人と付き合い始まりました。上記の元カノさんが「おじさま好き(はあと)」とおっしゃっていたのの影響か、年上と付き合うのがステータス!と勘違いしておりました。

転勤で名古屋と仙台の遠距離となり、私は仙台に残りたかったので接点がなく、2年目でお別れとなりました。

「結婚あるかも!」とまで考えてたので今までにないぐらい落ち込んで 、住んでたアパートがゴミ屋敷状態になり、ニコニコ動画を見るか食べるか寝る!みたいな堕落した生活になりました。かろうじて仕事には行ってました。

そのとき大学の先輩(女の人)とルームシェアしないか、という話になりました。その人はコックさんをしている人で、朝晩とお弁当まで美味しいご飯を作ってもらうようになって復活しました。

社会人その2、転職に失敗からの破門

昔教わっていたスピリチュアルの先生(黒澤全先生とは関係ない別の人)の勧めで、一回仙台市役所を受験したことがあります。
私が過去に送ってきた泥沼の沈みかけ人生からいかに脱出し、今の自由と心の平安を手に入れることができたのか

↑のストーリーでも書いていますが、仙台市役所を受験するときに「仙台市」「仙台市役所」の法人2件分で20万円と、面接官5人分で5万円と、あと他の色々でだいぶ相談料がかかりました。

それ自体は好きでお支払いしてたので別に良かったんですけど、「いたいけなOLさんからこれ以上お金をもらうのが心苦しい」ということで、その後ちょっと距離を置きましょう、ということになってしまい、そっちの方がショック でした。

完全に依存してたので、この先どうやって生きていこう? ぐらいの感じでした。

社会人その3、牛丼屋バイト

窓際バイト

おととし会社をやめてからしばらく、某牛丼屋さんでバイト していました。

が、私はどんくさくて融通が利かず、皆の足を引っ張りまくりでした。

お客さんに怒られ、社員に怒られ、女子高生の先輩バイトに怒られていました。最初はそれでもなんとか仕事を覚えさせようとみんな教えてくれたのですが、だんだん諦められてドライブスルー専属になり

「余計なことしないでください!」

と言われるようになりました。申し訳なかったです。

自分が行き照る価値は何だろう、と考えました…。人から必要とされないって、悲しい。

人生のどん底・まとめ

私の人生のどん底シリーズ、お楽しみいただけたでしょうか?

その時は本気で「もう生きていたくない!」って思ってたことばっかりですが、こうしてみると大したことないですね。

きっと、今本気で悩んでいることも、未来の自分から見たら「ハッ、なんだそんなこと」って笑えるぐらいのことかもしれません。

どん底でも生きてれば、そのうち勝手に上がっていきます!頑張りましょう!

人生のどん底で落ち込んだときはこれを見て!

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