思考を鍛える

授業7000本作ってきた私の、授業づくり精神論

私の職業人生の大半を「教える」仕事に費やしてきました。

振り返ってみると約2,000人の人たちに関わり、約7,000時間授業を行ってきたようです。

人生があっという間だったので、この数字に実感がわかず他人事みたいに思えます~(^-^;)

何となくではありますが、これまで授業で多くの失敗をし、どうすれば良かったのか分析することを繰り返してきました。

ですから、こうすれば聞いてくれるなとか、これは惹きつけられないなというものを、体感としてつかんできたものはあります。

当たり前のことではありますが、聞き手が面白いと思ってくれる授業は、ニーズに応えることやいかに興味を抱かせることができるかです。

たとえ少しばかり難しかったり、最初は無縁だと思われたりする内容でも、聞いているうちに「面白い!」とさえ思ってもらえれば、楽しげに話を聞いてくれるものです。

皆の目がこちらに向いていて、興味津々で耳を傾けてくれている状況は、私にとって心の底から嬉しいひと時なのです。

聞き手しか経験のないあなたも、逆の立場の視点を垣間見ることで、何か違うことが見えてくるかもしれませんよ。

私の奮闘の日々から得た学びを、以下にまとめてみました。

相手を知る


大体皆さん、何かの目的によって講座なりセミナーなりを開催すると思いますので、内容の大枠は決まっていることが多いですよね。

そこから先、どう伝えるかという構成の仕方で悩むのではないでしょうか。

その構成を考える時にまず第一に考えることは、聞き手がどのような段階にいて、何を知っていて何が分からないのかを見極めることです。

何回か授業をしている中で聞き手とやりとりができていて、大体このあたりでつまづくなぁということが分かれば良いのですが、一度だけの講座で初参加の方が多いような場では判断できないですよね。

ここでちょっと勇気はいると思うのですが、相手とやりとりをしながら探っていくことも必要になってくると思います。

最初のうちは、自分が準備した内容をひたすら読むだけで精一杯になってしまうものですが、徐々に聞き手を見て話すことができるようになり、普通に会話しながら進めることができるようになるものです。

やはりニーズに応えるために私が大切にしていることは、まず自分自身が聞き手と同じポジションになって学ぶことです。

自分が分かり切った状態で授業内容を考えてしまうと、「相手が分からないことが分からない」ので、変にマニアックになってしまったり逆に簡単すぎてしまったりしてしまいます。

初心に戻り、自分は全く分かっていないという新鮮な気持ちで最初から学びなおしてみると、本当に分かっていなかったことに気づかされ、「今勉強しなおして良かった~」と胸をなでおろすことが多くあります。

常に自分は分かっていないという気持ちで学ぶと、より深く理解することができるので、相手からくるどんな質問にも答えられるようになってきます。

そもそも、相手とやりとりができない一番の原因は、「分からないことを質問されたらどうしよう」という恐怖感なのではないかと思うのです。

これは実践を積んで慣れるしかないこともあるのですが、たとえ実際に聞かれて即答できなくても、「今は考えがまとまらないので、後でご連絡させてください」というように時間の猶予をもらうこともできます。

また、リアルタイムで必死に考えながら話しをしていたら、何だか神がかった答えが降ってくることもあります(笑)。

ということで、一生懸命やっていれば何とかなるものなんですよね。

とりあえずは、「もう忘れているかもしれない」「まだ分からないことがあるかも」という気持ちで、授業を組み立てる前に基本事項からもう一度おさらいし直すことをお勧めします。

そうすれば、物事の本質が見えてくるので、表面的な言葉の説明ではない深い話ができるようになってくるはずですよ。

分からない人視点で考えれば、自ずと理解していく段階を逆算できるので教える順番も見えてくるはずですよ。

1を教えるために5を知っておく


一つの内容を教えるために、そのまま一つの内容だけを知っていたのでは、あまり話が広がりませんし、それこそ個別具体的な質問などには応用を効かせることは難しいですよね。

そこで具体的な取り組みとして是非お勧めなのが、ちょっとスパルタなのですが(汗)、一つの授業を作る時に質問を100個作ってみることです。

まあ、100個というのは比喩のようなもので、そのくらい沢山の質問を作って考えてみるということですね。

先程の一から学びなおすということとつながるのですが、こちらは「聞き手に対してどのような質問が有効か」という教える側の視点も加わります。

玉石混交でどうでも良い質問からこれは真理をついているというような質問まで、何でも思いつく限りあげていきます。

その質問を考えたり調べたりしていると、また更に新しく質問が湧き出てくるので、納得するまでどんどん深く調べていきます。

資料をどう作るか・板書をどうするかという作業はその後です。

こういう作業をしていると、1時間の授業を作るのに最低でも5~6倍もの時間(もっとかな?)をかけて作っていることに気が付きます。

ひどい時には運転している間中、「どうすればもっと面白くなるかなぁ」とずーっと考えていることもあって、ちょっと危険な時があったりするのですが(笑)

ただ単に自己満足と言われればそれまでのことですが、授業をする上で、まずはいかに自分がその内容を楽しめるかどうかを大切にしているのです。

少しでも自分の中に、知識に対する不安や興味のなさが存在するとそれがなぜか伝わってしまうんですよね。

逆に私自身、本当に心から面白い!と思いながら授業をすると伝わり方が違うのか、難しい内容でもハマってくれるという実感があります。

要領は悪いですし手間はかかりますが、その努力が背景となって言葉に魂がこもるような気がするのです。

まとめるとこんな感じですね。

教える側がその内容に深く興味を抱く

興味をもって楽しんでいるからつい詳しく調べてしまった

その結果、授業で楽しく語る姿を聞き手に見せている

 

人というのは、表面的な言葉ではなくその背景を感じ取ることができる生き物だと思います。

ですから、教える人間自らが内容を楽しんでいる・興味を持っている姿を見せることができれば、「この人がこんなに楽しそうに話すから、きっと面白いんだろうな」と聞き手に何かしらのメッセージを伝えることになるのです。

自分がまずは興味を持ち楽しみながら深く調べていけば、聞き手にとってより深く影響を与えられるようなオーラで話すことができるのではないかと思っています。

本来であれば、1を教えるためには10を知るとなるところですが、あまりハードルが高いと続かないので、5くらいにして自分は実践を続けています。

全く同じ授業はしない


同じ内容の授業であれば、伝える切り口も構成もまったく変えないで同じ授業であれば、これほど楽なことはありませんよね。

一度作った授業を、ずっと使いまわすことができるのですから。

私も以前までは、一度作った授業は同じ流れで・同じ発問で・同じプリントでというように、かなり楽をしてしまっていました。

そうすると自分の時間は確保でき、他の様々な仕事に時間を費やすことができます。

けれども、この状態に陥るのは実はかなり危険なのです。

なぜかというと「聞き手を見ていない」からです。

自分が聞き手の立場になって考えると、この先生は私のために授業をしてるんじゃなくて、決まったことを喋っているだけだなぁなんて思ってしまいそうではないですか?

これは、何のために授業をするのかという本質からズレてしまったということだろうと思います。

私自身、一番易きに流されやすい人間なので、ついつい「また同じでいいか~」となってしまいがちですから、本当に注意を払っています。

聞き手は驚くほど敏感なので、この適当さはすぐ察知され、話を聞かなくなってしまうのです。

同じ内容であっても、聞き手が違えば伝え方は変わってきますから、表情を見ながらその反応で伝え方を変えたり戻って具体的に説明しなおしたり、ライブ感のある授業を心掛けるとより聞き手にとって満足感のある授業を展開することができると思います。

聞き手が何に興味を持っているのか、何につまづいてしまっているのかを受け取りながら授業をしていくという感覚ですね。

また、自分の成長とともに、授業内容が進化していくこともあると思います。

1年前と同じ内容の授業を行うにしても、今の自分が授業で同じ資料を使うわけではなく、また新たに作り直すことがほとんどです。

教える私自身も日々変化しています。

授業はそんな自分の新鮮さを反映させた、常に今伝えられる最善を尽くして作っていきたいとものです。

まとめ


「学ぶ」ということは実は人間の欲求の一つではないかと思うのです。

こんな話を聞いたことがあります。

どこかの刑務所である日、何千という椅子を東から南へひたすら運ばせました。

次の日、今度は南から西へ同じように椅子をただただ運ばせました。

あくる日も、そのまた次の日もただただ椅子を運ぶだけの作業をさせ続けた結果、生きる意味を見出せなくなった受刑者は次々と発狂していきました。

 

アバウトにしか覚えていないのですが、ただ時間を費やすためだけに生きられない、という人間の本質について語られたエピソードだということだけ、妙に心に残りました。

「何か生きがいが欲しい」と、人間は文化や文明を様々生み出してきました。

文化といえば、美しい音楽や芸術・スポーツを思い浮かべるかと思いますが、学問も文化の一つと言えますね。

「何のために学ぶのか」という問いに対し、生きるための「技術」や「方法」として学ぶのでは、何だか寂しいしつまらないなぁと。

人間の根底にある学びに対する意欲や喜び、つまり「楽しいから学ぶ」という答えで良いのではないかと思っています。

ですから、授業を終わった後に「それって学んで意味があるんですか?」と質問された時には、「この楽しさを伝えられなかった自分の準備不足だなぁ」とかなり反省します。

学問となったからには、興味を抱いた多くの人たちがいるから体系化された訳ですよね。

ですから、できる限りそれのどこが楽しいのかというのを伝えていきたいなぁと、そんな思いを持ちながら作っていったらいつの間にか7000時間になっていました。

初心者スピ部長・カリーネの愛の引き寄せ道場!

より学びを面白くするためには、具体と抽象を行き来する思考がとても大事なのだというが、教えながらにして分かってきました。

抽象的で分かりにくいような内容と現実が、どのようにつながっていくのかをイメージすることができれば、一気に「面白い」につながると思うのです。

「難しそうに感じたけど、案外身近なことだったんだー」という感じですね。

その逆も同様に、個別具体的なことの要素を分解して共通点を見つけた時、全く違う分野ともつなげて考えることができるようになります。

「何だ、世界のあらゆることが切り離されているのではなくて、全てが繋がっていたんだ!」

そんな瞬間が訪れれば、今まで見えなかったものがきっと見えてくるような気がしませんか?

私の師匠、黒澤全先生はこの具体と抽象の行き来を天才的に会得されているのだろうな、と見ていて感じます。

一つの物事を見ていても、頭の中で何か別の事柄とつなげているようなのです。

ですから、まさに「1を聞いて10を知る」ということで、本質を掴むのが早いのだと思います。

他の人たちが一歩一歩進んでいくところを、車でブーンと進むような違いがあるので、若いのですが同年代の方たちよりも10年・20年と先に進んでいるのでしょう。

その感覚的なことはもはや説明することではなく、その文章や声や姿から何かしらを感じ取ることで近づけるのだと思います。

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