思考を鍛える

ヴァニラさんはなぜ美しいのか? 与えられたモノサシの前で背比べするのはやめよう。

私は、雑誌で言うとインチキ『天然生活』みたいな姿をしている。ほんとの天然生活の人から見たらちっとも天然じゃない。

かといって、『KERA』読者から見たら腐った大人だし、『JJ』とか『CanCam』の視点だと干物女だし、『FUDGE』の人からすればモサくて無個性な人間だと思う。

今はオシャレやメイクに対してやる気ゼロな私だが、昔は熱心に研究していたことがある。

 

小学校高学年ぐらいから、周りの友達の影響で「オシャレしなきゃ!」と目覚めて『ピチレモン』などのティーン雑誌を読み始めた。

ジャスコの子供服コーナーを卒業し、suzutan等の専門店(同じジャスコの中にあるが…)で服を買うようになり、ビオレやらパパウォッシュやらで洗顔をし、ムダ毛を剃り、体型を気にするようにもなった。

私はどちらかというとポッチャリ目で、お腹がポコンと出ていて、おまけにO脚で膝から下がぐにゃぐにゃして短足に見える。

その頃はの理想は榎本加奈子とか、安室奈美恵、SPEED他、沖縄アクターズスクール系のアイドルみたいにスラッとしたモデル体型だったので、どうして同じ人間なのにこんなに違うんだろうと悩んだ。

中学校になってからニキビがひどくなって顔が脂ぎっており、「脂ギッシュ」なので一時期あだ名が「ギッシュ」になってしまった。皮膚科に行ったり、休み時間には毎回あぶらとり紙をしたり、粉をはたいてみたりと懸命な努力も虚しく、すぐ脂ぎって次から次へとニキビが出てきてしまうのだった。

私がこんなに苦労しているのに、クラスに3人ぐらい何もしなくてもスベスベサラサラお肌な子がいて憎たらしかった。

年齢が上がるにつれて読む雑誌が変わるたびに理想のモデルさんが変わり、ニキビが治まったら今度は一重まぶたとか歯並び、そして目元の小じわ・ほうれい線と、気になる部位も変わっていったけれど、いつも何か悩んでいるのは変わっていない。

 

女性は化粧で誤魔化せるからいいじゃないか、という方もいるかもしれない。

確かに、ざわちんメイクみたいにお化粧の技術によってスッピンとは別人のように変身してしまう人もいる。美容整形手術で顔を変えることもできる。

人によってはお化粧で肌荒れしてしまったり、手術の失敗や後遺症が出てしまったりすることもあるかもしれないリスクはあるが。

じゃあ、もしもそういったトラブルがないとしたら? 顔だけじゃなくて肌質とか、本当に全身好きなパーツと交換できるようになって、健康面でも何ら問題がないとしたらどうなんだろう?

私だったら、佐々木希になりたいと思うけれど、なんで佐々木希が良いのかというと、たぶん皆が美人だと言っているからというだけなのかもしれない。

 

美人のイメージは年代によってかなり変わってきた。

平安時代は下膨れの白いナスみたいなのが美人だったらしいし、80年台とか、2000年台でさえ当時の雑誌を見たらどんな美人でも眉毛が太すぎたり細すぎたりして、ちょっとダサい。

誰かが仕掛けているのか、皆が自分で誰かを持ち上げているのか分からないけれど、その時の「美人のイメージにぴったりな人」っていうのが何人かいて、一般大衆はそれに近づこうと追いかけていると思う。

こういうのが美人ですよ、っていう基準のモノサシがあって、その前で背比べさせられているのだ。

厳密に言うと目と口の距離とか、左右対称でないといけないとか、鼻先と顎のラインの中に口がちょうどよく治まっていないとダメとか、細かい規定があるらしい。

今の日本の若い人だったら、だいたいぱっちりした並行二重でアゴが小さく尖っているような顔がきっと美人の基準にあるのではないだろうか? そう、板野友美のような。

板野友美の衝撃

ヨーカドーのCMの板野友美

イトーヨーカドーのCMで板野友美を初めて見た時、こんなかわいい子がいるのかとハッとした。

ざわちんは板野に似せるために整形をしたそうだが、元ネタの方も整形が噂されている。そうなると、もう何を追いかけているのかよく分からない。

板野友美風メイクのざわちん

海外セレブの整形失敗画像を検索すると唇が顔の下半分を埋め尽くすほど大きくなっている例がたくさん見られる。どうやら、唇が厚いほうがセクシーだということで流行っているらしいが元のほうが良かったんじゃないの?と思ってしまう。

 

美意識が独特すぎて何を目指しているのかよく分からない人たちもいる。整形モンスターと呼ばれるヴァニラさんがその一人だ。

ヴァニラさん

ヴァニラさんの整形は、一般的な美人を目指す整形とは全然違う。人ではなく「フランス人形」になりたくて「カスタム」しているらしい。

私は、ヴァニラさんに対して人形を見るときの不気味さにも似た美しさを感じずにはいられない。

日本人離れして飛び出した額と鼻、大きな目、胸もウエストも不自然だが、一部の整形をしただけの部分的な不自然さとは違い、全体で1つの「不自然さ」という美を形成している。

ヴァニラさんは片頭痛などの不調が出ているそうで、やはり現在の技術では完璧に肉体改造をするのには困難が伴うことは明らかだ。きっと、それは本人も分かってやっていると思う。

命を削ってでも自分の「美」に到達しようとする生き方にも美学を感じる。(明らかに健康に悪いので、マネするべきではないが。)

 

コッソリ整形するアイドルとヴァニラさんと何が違うのかというと、他人が作ったモノサシに添って上を目指しているのか、自分でモノサシを作れるのかの差がある。

「こういうのが美人」というモノサシがある。個人の好みの違いはあるにしても、顔のバランスの黄金率と時代の流行である程度は決まっている。

そのモノサシの前に堂々と立つ天然美人とチートで追い抜かそうとする整形美人がいて、その他大勢のブスはメイク等により測定可能な範囲に入ろうと躍起になっている。

そのモノサシは1本だけではなく、微妙に方向が違う何本かから選べるようになっている。

女性ファッション誌に出てくるようなモデル系、あざとかわいい女子アナ系、モード系、ギャル系、セクシー系、ジャンルは色々あるけれど、予め理想像と方向性は示されている。

ヴァニラさんは、既存のモノサシのどれにも当てはまらない。お人形っぽさを追求するのはゴスロリ系かもしれないが、やっぱりなんか違う。

 

自分なりの美のモノサシを持つと、既存のモノサシで測られたときには全く評価されない恐れがある。ヴァニラさんを気持ち悪いと言う人がいるのも仕方がない。

しかし、自分のモノサシで極めて行けばその道の一番になれるし、コアなファンの人もできてくる。

もちろん周囲との調和は必要だ。自分としてはそれが美しいと思っても、すね毛ぼうぼうの生脚でミニスカートを履くのは犯罪に近いものがあるし、お箸みたいな尖ったネイルを付けていたら怖がられても無理はない。

自分と違うモノサシの人に完全に従う必要はないけれど、共存するための配慮は時と場合によって求められる。

 

ただ、いろんなモノサシだらけの中で周りの人から勝手に比べられるだけじゃなく、自分なりのモノサシを何か一本持っていたり、そうじゃなくても自分が良いと思うモノサシを選べたら良いのではないだろうか?

あることについて1つの測り方しかできないと、人と比べて自分に価値が無いような気がしてしまうし、それを補おうとして余計な努力を強いられてしまう。

太っているのがダメで、痩せているのが良いというのは1つのモノサシだけれど、世の中には太っている方がセクシーで良いという逆のモノサシもある。

自分が「痩せてる方がいい」モノサシをあえて選んでライザップとかに通うのは良いけれど、選ばなくても構わない。

目が大きいのが良いのも1つのモノサシにすぎず、顔のパーツは小さいほうが上品に見えるというモノサシもある。

「デカ目がいい」というモノサシを選択してメイクを研究してもいいけれど、選ばなくても良い。

美人でもブスでも、完全な基準はないし、測り方はいろいろだし、善悪もないのだ。

「ブース!」と罵られても、その人のモノサシではそうだという、ただそれだけの話しである。

言われてそれが真実だと思ってしまうと、あるモノサシではブスにならないように頑張ってお化粧してブスを誤魔化しても、別の人から別のモノサシで「ケバい」と言われてまた悩んでしまうことになる。

モノサシは一本だけじゃなく、他の人は勝手に色んなモノサシで見てくるが、最後に採用するのは自分だということを忘れてはいけない。

 

モノサシを選ぶのは、見た目に限ったことではない。

何が良いか悪いか、色んな人が色んなモノサシで勝手に言っている。

  • 牛乳は体にいい/牛乳は体に悪い
  • 結婚したほうがいい/結婚しないほうがいい
  • 同じ会社で働き続けたほうがいい/転職でキャリアアップした方がいい
  • 年収が多いほうがいい/年収が少なくても楽な方がいい

どれも、「唇がぽってりしてたほうがいい」程度の意見にすぎず、絶対的な真実なんかじゃない。

どういう価値基準を選択するかは自分で決められるし、自分で新しいモノサシを作ったって良い。

親とか周りの人からとやかく言われることもあるけれど、その人たちが口を出すのも自由なら、言うことを聞くのも聞かないのもあなたの自由だ。

 

ヴァニラさんに話を戻すと、モンスターとかドクターストップとか言われても自分の美意識というオリジナルなモノサシを貫く生き方は、美しい。

ファッションのモノサシで測られたら全然ダメな私だけど、違うもので美意識を持っていられれば別にいいでしょ、っていうのはただの言い訳ですけどね。

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