思考を鍛える

ホメオパシー問題は、「病気が治る」という宗教との比較でスッキリする。

ホメオパシーは宗教か

仕事や勉強の合間に一息入れたいとき、甘いものを食べるとホッとして疲れが取れますね。

今は当たり前に手に入る砂糖ですが、日本に伝わった奈良時代にはとたも希少品で、砂糖は薬として使用されていたそうです。

現代でも砂糖玉が薬として使われる『ホメオパシー』という民間療法が用いられていることをご存じでしょうか?

「体に負担のない自然な治療法」として、ちょっとした怪我や症状に効くと自然派なママたちに受け入れられている一方で、ホメオパシーを薬の代わりに与えて乳児が死亡するなど「医療ネグレクト」事件が起こっていることから批判も多くあります。

最近、ホメオパシーの議論が話題になっているようなので、何一つ利害関係のないスピリチュアル系ブログとして、考察を述べておきたいと思います。

ホメオパシーとは? 体験会に行った話

元看護師が勧めるホメオパシー

約2年前くらいに、ホメオパシーの体験会なるものに参加したことがあります。

その時はホメオパシーに関して知識がゼロで、案内から何やらスピリチュアルっぽいのかなあと思って興味を持ちました。

平日の午後、参加者は赤ちゃん連れのお母さんやセラピストの方など5人ぐらいでした。

説明してくださったのは元看護師の女性の方で、長年病院に勤めながら現代の医療に疑問を持ち、ホメオパシーを始めたそうです。

その方によると、ホメオパシーとは外国では「家庭の薬箱」として使われている、一般的なものであるとのこと。

ホメオパシーでは「レメディ」という砂糖玉を使います。

元々は毒になるような成分を何百回も希釈して「エネルギー体」だけを染み込ませてあるそうで、たくさんの種類があります。

毒は既に入っていないんだけど、飲むと体がエネルギーに反応して毒を外に出そうとするので良くなる「同種療法」の一種です。

用途は何にでも使えて、副作用はないので子どもが間違えていっぱい飲んでしまっても安全とのこと。

たとえば、講師の方お子さんが発熱して病院で座薬をもらったとき、無理やり薬で熱を下げることは避けたいため、先にレメディを水に溶かして飲ませたらそれで治り、薬を使わずに済んだそうです。

ホメオパシーと直接は関係ないのかもしれませんが、参加者の方には「子どもにワクチンを打たせたくない」などと相談されている方もいました。

トリカブトのレメディを飲んでみた

ホメオパシーでトリカブトのレメディを体験

色々あるレメディの中から「トリカブト」を一粒、体験させていただきました。

『名探偵コナン』に出てきそうな毒物の名前でギョッとしちゃいますが、毒の成分は入っていないので大丈夫。

また、その時はどこも悪くなかったのですが、別に飲んでも差し支えないのだそうです。

レメディは、金平糖のトゲの1個よりも小さな、白くて丸い粒でした。

口に入れてゆっくり溶かしてみますが、本当に小さくて砂糖の甘さも分からないぐらい。

レメディは錠剤のように飲んでも、水に溶かして飲んでも良いそうです。

症状によって複数の種類を組み合わせることもあり、サロンで相談すると処方箋のようにおすすめのレメディのセットを教えてもらえるとのこと。

その講師の方はカウンセリング専門のため、レメディを買う時は通販や別のお店を利用することになります。

ただ、法律の制限とかがあってレメディを販売しているお店では症状によってこれがオススメとかは言えないらしい。

飲んでみた感想を求められて、ちょっと困りました。

「ちょっと気分がよくなったような気がします」

と答えましたが、内心は違うことを考えていました。

システマチックな「おまじない」という感想

なるほど、これは見立てが苦手な人でも使えるシステマチックな「おまじない」だぞ、と思いました。

みなさんも、小さい頃にすっ転んでヒザを擦りむいたときに、お母さんが手を当てて「痛いの痛いの、飛んでいけ―」と言う、謎の呪術を受けたことはないでしょうか?

それで何ら薬効があるわけないんですけど、本当に痛みが和らいで泣き止むから不思議ですよね。

大人になっても、病気平癒や健康祈願で有名な神社やお寺に参拝し、ご祈祷やお祓いを受ける方はたくさんいらっしゃると思います。

「自分は病気だ」という信念があると、どこか痛くなったり具合が悪くなったりするのですが、「これで治る」と本気で信じると少々の怪我や病気なら勝手に治ってしまうんですね。

特に精神の病では「思い込み」から来る場合もあるようです。

たとえば不眠を訴えて睡眠薬の追加を望む患者さんに、関係ないビタミン剤を処方するとそれで眠れてしまう、というケースがあります。

ビタミン剤なので不眠に対しての薬効はなく、「薬を飲んだから眠れる」と思い込むことで治療効果が出ているだけなんですね。

これを、プラセボ(プラシーボ/偽薬)効果と言います。

ホメオパシーも砂糖玉ですので、プラセボの効果しかありません。

しかし、「毒物のエネルギーを転写する」とか「心理状態にあったレメディが処方される」とか、それっぽいストーリーが付加されることで、プラセボとしての治療効果を最大化していると思われます。

「それっぽい」ということは非常に重要です。

神社で健康祈願をするときにも、適当にやると効果がなく、きちんと色んな作法にのっとってうやうやしく「儀式化」するから「これ本当に治るな」と確信できるからです。

というわけで、感想としてはホメオパシーは高度に儀式化された「おまじない」であり、ホメオパシーで治るのであれば精神のコントロールでも治ると思いました。

なので結論、私はホメオパシーは使わないという選択をしました。その代わりに、毎日、天に祈りを捧げて健康をアファメーション(宣言)しています。

私がそういう選択をしただけで、ホメオパシーという「おまじないシステム」を使ったほうが雰囲気が出て信じやすいという人もいるでしょうから、ホメオパシーを使う人を否定する気はないです。

しかし、「医療」と銘打っているせいか、批判が多いのも事実です。論点を整理してみましょう。

ホメオパシーへの批判を「病気が治る」宗教との比較で考える

ホメオパシーは医療を拒否するか

ホメオパシーへの批判の主な論点

ホメオパシーには、主に以下のような批判があります

ホメオパシーは医療を受ける機会を奪う

ホメオパシー療法のみを受けて適切な医療を受けないことによる事故が発生しています。

  • 新生児にビタミンKシロップの代わりにレメディを与えビタミンK欠乏症による出血で死亡した「山口新生児ビタミンK欠乏性出血症死亡事故」
  • ホメオパスの助言により病院に行かず悪性リンパ腫が手遅れとなり43歳女性が死亡した「あかつき療術所における死亡事故」
  • 病気の予防効果がないにもかかわらず予防薬として用いられ、マラリアに罹患した被害(海外)

事故を受けて、医師・薬剤師の団体は軒並みホメオパシーには反対の立場を取っています。

「欧米では、非科学的であることを知りつつ信じる人が多いために排除することが困難な状況」「現段階でホメオパシーを信じる人は(日本国内では)それほど多くないが、医療現場から排除されないと『自然に近い安全で有効な治療という誤解』が広がり、欧米と同様の深刻な事態に陥ることが懸念される」(日本学術会議はホメオパシーに関する会長談話)

科学的にエビデンスが証明されていない医療類似行為を医療従事者が行うことは、患者の適切な医療を受ける機会を損ない、病状の悪化を招来し、時として死に至らしめる可能性も否定できない(日本薬剤師会会長児玉孝)

医療ネグレクトを生じさせ、適切な受療機会を奪う問題がある(日本医師会国民生活安全対策委員会)

厚生労働省からも「子供も大人も推奨されている従来の予防接種スケジュールに従いましょう。ホメオパシー製品を従来の予防接種の代用にするのはやめましょう。」との注意喚起がなされています。

プラセボであることの説明がなされない

現在の医療現場では、患者さんが自分の病気や治療方針について説明を受けて自分で決断する「インフォームドコンセント」が当たり前になり、患者さんに十分な説明をせずに偽薬を用いることは倫理的に良くないとされています。

そのため、「レメディには効果がある」として偽薬であることをホメオパシーを受ける人に伝えないことは倫理に反するのではないか、という主張があります。

プラセボを医療的文脈で使用するには、少なくとも、

・受ける側にプラセボである事を知らせる
・社会的に、プラセボが与えられる事を受け容れる

このような条件が要るでしょう。これを社会全体として許容しなければなりません。当然、プラセボを与えられたく無い権利も尊重されるべきです。

ホメオパシーを批判する事

ホメオパス側の主張

プラシーボ効果があるなら良い

ホメオパシーを提供する側も、レメディにはプラシーボ以上の効果がないことは認めており、プラシーボ効果があるならそれで治る人は使えば良い、と主張しています。

しかし、たとえプラシーボ効果であっても、ホメオパシー医療が多くの人々を救っているのは確かなのです。

「ホメオパシー治療薬で体調がよくなった」と感じた人も、「ホメオパシー医療中に難病を克服した」という人もいます。たとえホメオパシー医療がプラシーボ効果であったとしても、それらの実体験とは関係ありません。

現代医学に懐疑的な人々に人気の治療法「ホメオパシー」とはどのようなシステムなのか?

ホメオパシーの処方においてプラセボであることが説明されているかどうかは分かりませんが、プラセボだと知っていても一定の条件下においては効果が得られるようです。

プラシーボであると知っていても、効果があるという研究の紹介がこちらにあります。

・プラセボ効果の威力恐るべし。それが偽物だとわかっても効果が持続するその理由とは?(米研究)(2015年7月31日) – エキサイトニュース(1/2)

不思議といえば不思議なのですが、これは、

暗示によって自己治癒力効果が発揮される
という話であり、無害かつ有益な自然療法と言えましょう。

代替医療としての「ホメオパシーやEM菌の意義」と疑似科学「批判」の有害性について

医療を否定するのは一部の人だけ

ホメオパシーを提供する側でも、医療を拒否するのは一部の行き過ぎた人たちだけのようです。

ホメオパシーはあくまでも家庭でのセルフケアであり、医療を否定するものではないとする人も多くいます。

自分でできる範囲を可能な限り明確にして、疑問や不安がある場合には、必ず医師の相談を受ける必要があります。医師は、健康の専門家です。
(中略)
ある程度の基礎知識がなければ、セルフケアにおけるホメオパシーも安全でとはいえないからです。

『一歩すすんだセルフケアのためのホメオパシー』森井啓二

そのため、一部で事件が起こったからといってホメオパシーすべてを否定する動きに対しては反発が起こっています。

ホメオパシーの原理自体は、決して現代医療を否定するものではありません。

現代医療を否定するかどうかは、最終的にはホメオパシー利用者の判断の問題です。

人気の代替医療・ホメオパシー早わかり – 科学的「根拠」はなくても効くんです

科学的な根拠がなくても、実際にそれを信じて効果を得ている人がどうするかは自由でしょ、ってことですね。

なんかこんなの見た覚えたあるなあと思ったら、思い出しました。アレです。

既視感があると思ったら加持祈祷事件だった

宗教の信仰の自由とホメオパシー

たしか政治経済で習ったと思うのですが、「加持祈祷事件」という最高裁の判例があります。

事件の経緯は、次の通りです。

Aさんが異常な言動を起こすのを心配して、Aさんの母親が僧侶Xに治療を依頼しました。

Xは、お経を唱えたり数珠で体をなでたりしましたがAさんは治らず。

加持祈祷で狸を追い払うしかないと考えたXは、嫌がるAさんを縛って線香の火をあてるなどし、Aさんは心臓麻痺で死亡しました。

障害致死罪の容疑で起訴されたXへの最高裁の判決は、有罪。

「精神障害者の平癒祈願のための加持祈祷が宗教行為としてなされたものであったとしても、他人の生命・身体等に危害を及ぼす違法な有形力の行使により、被害者を死に至らしたものである以上、Xの行為は著しく反社会的なものであることは否定し得ないところであって、憲法20条1項の信教の自由の保障の限界を逸脱したものである

当たり前ですが、加持祈祷には薬効はありませんし、数珠でなでても医療の効果はありません。

ですが、それで治ると信じて加持祈祷を受けるのも、それにいくらお金を払おうとも信仰の自由です。本当に治っちゃう人もいるのでしょう。

ただし、人に危害を及ぼすようだと行き過ぎですよ、ってことですね。

これは行き過ぎたものだけがダメなのであって、だから加持祈祷を撲滅するべき!とはなりません。

ホメオパシーが批判対象にされるのは「医療」と紛らわしいからであって、開き直って「これは医療ではなく宗教なので、信じる人だけ買ってください」とすれば信仰の自由があるので誰も文句は言えないと思うんですけどね。

「病気が治る」で勧誘する宗教は違法ではない

ちなみに、ホメオパシーを信じる人が他の人にも「これ効くから良いですよ」って推奨するのはどうなんでしょうか?

これも宗教と対比してみると、分かりやすいです。

「お祈りをすると病気が治りますよ」「病気を治すには入信した方がいいですよ」と宗教団体に勧誘することは、違法ではありません。

信教の自由があるため、宗教の教義には法律は介入できませんので、良いか悪いかは各々が判断することになります。

だから、芸能人がホメオパシーを勧めるとか、誰かがブログでホメオパシーを紹介してたとかも、宗教の勧誘だと思ったらいいんじゃないでしょうか。

それで本当に救われる人は信じていたら良いし、勧められて信じるかどうかは受け取る側の自由です。

問題は、ホメオパシーが「宗教」ではなく効果のある「薬」という誤解をされやすいことです。

「宗教です」と言ってしまえば信教の自由で守られるところ、「薬です」と言うので「ニセ医療だ」「エセ科学だ」と叩かれることになっているのはもったいないような気がします。

ホメオパシーまとめ

まとめると…

民間医療「ホメオパシー」のレメディにはプラセボ異常の効果がないことは医療関係者とホメオパシー関係者の双方で認めています。

医療拒否を助長するのではないか、プラセボでしかないことを説明しないのはインフォームドコンセントに反するのではないか、という批判がなされています。

それに対してホメオパス側は、事件を起こすような行き過ぎのホメオパスはごく一部であり、プラセボと分かっていてもその効果を利用したい人がいると主張しています。

ホメオパシーをめぐる議論には、「信教の自由」という考え方を適用するとスッキリします。

仮にホメオパシーが「宗教」だとすれば、行き過ぎで危害を加えない限りは、それを愛好したり推奨したりするのも、信じないで批判するのも自由です。

加持祈祷事件の判例にあるように、医療ネグレクトなどの危害を与える過激なグループだけが裁かれるべきであり、ホメオパシーのセルフケアと医師の治療の線引ができているグループまで差別されるいわれはありません。

ホメオパシーが宗教ではなく「医療」として扱われ、「薬」としての効果があると誤解を招きやすいところに問題があります。

ホメオパシーは偽薬にすぎないこと、効果は信じる人しだいの「おまじない」である、ワクチンや手術などの医療に代わるものではない、という説明を受けて納得した上で、それでも信じたい人は利用したら良いのではないでしょうか。

ライター高橋の開運★引き寄せ研究部

ホメオパシーに限らず、健康関連の情報はいろいろ錯綜しています。

牛乳は体に良いか悪いか、ハーブサプリは危険かどうか、アロマは効果があるのかないのか。

どんな情報も、ある特定の条件下に置いてそうだった、という部分的なものであり、1つの意見に過ぎません。

皆がそうだと思っていることが本当とも限りません。過去に地動説がひっくり返ったように、常識が変化することもあります。

問題なのは、実際に何が正解なのか、ではなく「どっちが正しいか?」と正解を求めてしまう思考にあるのではないでしょうか。

テレビで「納豆がダイエットに良い」と言えばそれを信じてスーパーに納豆を買いに行き、後でネットで「納豆がダイエットに良いのはウソ」という情報を見れば、ちぇっと思って納豆を食べるのをやめてしまう。

情報をそのまま鵜呑みにして、知識が上書きされていくだけでは、情報に踊らされてお金も時間も無駄にしてしまいます。

納豆ぐらいなら別に良いですが、自分の人生の大事な選択を、他の誰かの意見に踊らされてしまったらもったいなくありませんか?

親や先生、友達、メディア、いろんな人から色んな意見を言われて、それに振り回され、巻き込まれ、消耗しきっていたのが過去の私です。

メンターに出会い、自分の人生に採用するものを自分でしっかり考えて選ぶこと、自分の軸をもつことを少しずつ学んできました。

昔だったら、こんないろんな人に怒られそうな記事なんかビビって書けなかったと思います(笑)

精神的に成長することが、より豊かに生きることに繋がってるのを実感しています。

私が成長できるきっかけになったメンター先生の無料メール講座をこの下でご紹介していますので、よろしければ合わせて読んでみて下さい。おすすめです!



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