思考を鍛える

人生を逆転させる魔法の言葉|私を救った逆境を乗り切る言葉

病気や対人関係やお金に関するトラブルなど、人生の悩みはつきないものですね。

何も問題なく生きている人は果たしているのでしょうか?

私も先天性の持病に苦しめられたり、生まれつきのアザでひどく傷ついたり、人間関係のトラブルの被害者になったりと、それなりに人生の経験を積んできました。

それらと対峙したとき、「何で神様は私にこのような試練を与えたのだろう」「前世で何かの罪を犯したのではないか」「知らないうちに誰かを深く傷つけていて、その怨念によって苦しめられているのでは?」などスピリチュアルの方向で原因を探してしまう人間でした。

これは「自分は本質的に悪くない」と思うからこその発想で、生きているうちになんとか自分の外側にある理由を突き止めようと、躍起になっていました。

けれども、外側に原因を求めたところで目の前の問題は解決する訳ではありません。

逃げれば逃げるほど、また形を変えて人生の課題は降りかかってきます。

それならば、一度で問題を解決してしまった方が、後々楽になれますよね♪

ということで、試練が目の前に現れた時、逃げずに自分を奮い立たせてきたある魔法の言葉をシェアしたいと思います。

誰かの救いの一言になりますように。

 

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力みなぎる魔法の呪文


ちょうど今から半年ほど前、一見すると周囲にも分かりやすいほどに様々な問題に巻き込まれていた時期があり、まるで腫れ物に触るような扱いを受けておりました。

相手:「……大丈夫?……元気?」(気の毒そうに)

カリーネ:「ありがとうございます。何とか元気にやっていますよ。」

相手:「そう、なら良かった……」(足早に立ち去る)

カリーネ:「……(まだ話したいのにぃ)(;O;)」

本当にこんな状況だったのです。

「この優しい人を私は苦しめているんだなぁ……」と、ドーンと落ち込むこともしばしばでした。

こんな中で何とか今まで乗り越えてこられたのも、ある考えがあったからなのです。

その考えについて、今までは無自覚のまますごしてきたのですが、自分の内面を掘り下げていったときに、そういえばこんなことを柱として乗り越えてきたなぁというある言葉を発見しました。

この言葉は、人生に起こる荒波を味方につける、最強の言葉だなと自負しています。

まるでボールがバウンドして高く上昇するように、自分の中のパワーをみなぎらせることができます。

今が試練だ、そんな時にぜひ思い出してほしい一言です。それは……

「逆に、面白い!!」

これです(笑)

ズコーッ(古っ)!!って感じだったでしょうか。


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けれども、この言葉は本当に逆転の発想を生み出す、最高の言葉であると私は思っています。

「逆に面白い」の使い方その1「人間関係での逆転の発想」


私は職場の人間関係においての引きが強く、ことごとく強烈なキャラクターと関わりを持つことが多いのです。

「神様が学びを与えてくれているのだな」とかなり客観視しないとやっていけないほど(笑)、様々なパターンの方々と仕事上で関わってきました。

ある職場で、女性陣からこれ以上ないほど嫌われている男性(A)がいました。

その人は、若手の女子職員数名にラインの交換を強要し、大して必要のないを報告を逐一させたり、わざわざ休日に仕事内容のメールを送り付けたりと、被害報告が多数出ていました。

その女子たちから被害を聞き、一緒に上司へと訴え厳重注意してもらったこともあるほどです。

Aは、自信がないことを見せないためか、いつも自信ありげに振舞う方でした。

保護者が参観に来るような授業では、その時ばかりはといつもは使わない物品を準備し、パフォーマンスします。

若手の先生方に「是非見に来て」とアピールする徹底ぶりです。

必ず自分の授業に対する意見(高評価のもの)を聞きたがり、その後にいかに自分が素晴らしいか授業の解説を述べるというのがお決まりでした。

また、学校では生徒へ授業に対するアンケートをとることになっているのですが、そのAの生徒へのアンケート調査では、質問項目のほとんどが5(1~5のうちの)なのです。

そして、メッセージ欄にも「先生の話すエピソードが楽しいです」などと書かれており、隣の席だった私は彼からそのアンケート用紙をいつも見せられるのでした。

ある時、他の先生からのタレコミ情報があり、「何もなければ普通は5を付けるものだ」「メッセージ欄は、空白で出すのではなく私(A)への言葉を書いてほしい」などと、素直な生徒たちにすりこんでからアンケートを記入させているとのこと。

……何て臆病な人なんだ!

さすがに呆れかえった私でしたが、そんな時降ってきたのが例の言葉でした。

「逆に、面白い!!」

人からの評価を気にしてそこまで徹底するのかと思うと、あまりの馬鹿馬鹿しさに笑えてくるものです。

それまで実は嫌で嫌で仕方がなかったのですが、「どうしようもない人だなぁ」と憐みの情さへ湧いてきて、それからは良好な関係を築くことができました。

あなたの周りにもこんな人はいませんか?

「逆に面白い」の使い方その2「人生の試練を迎えた時」


私がある進学校に勤めていた時のお話です。

その学校は偏差値が65~70ほどの学校で、生徒たちはほぼ100%進学を希望するような学校でした。

私自身、中学生の頃は全く勉強ができず、ぎりぎり普通校に引っ掛かった程度の人間だったので、新採用で進学校に配属されたときには目を疑いました。

あまりの恐怖心から、その辞令が出た2週間ほどで4~5㎏痩せる程不安に震えていました。

「絶対子どもたちからいじめられて、見放されるに違いない……」

「東大クラスの子たちがいるのに、高校時代さへまともに勉強していなかった私が何を教えるというんだ…」


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進学校というのは、まさに戦場なのです。

毎月のように行われる校内テストや模試で、生徒たちは評価され続けます。

校内の平均点より上なのか下なのか、他校との比較はどうなのか、志望校に対してどの位置にいるのか。

彼らにとって、どの先生に教わるかということが人生の明暗を分けると言っても過言ではありません。

いくら経験がないからといって、生徒にとって先生は先生。

経験のある先生の方が平均点が上で、私のクラスだけ平均点が悪いということは、子どもたちに本当に申し訳ない。

怖くて怖くてご飯が喉を通りませんし、胃がキリキリと痛む中、じわりじわりと授業のスタートが近づいてきます。

逃げたくても逃げられない状況の中で湧き上がってきたのが、あの言葉です。

「逆に、これをやり切ったら面白いんじゃない!?」

魔法の言葉のお陰で発揮した火事場の馬鹿力


切羽詰まると、人間はかえってもの凄い力を発揮するものです。

人生でこれほど勉強したことはなかったのではないか、というほど分からないところは徹底的に調べて授業に向かいました。

納得がいかないところがあると、すぐに休み時間に質問をしてくる進学校の生徒たちを相手にすることは、まさに修行の日々です。

平日も休日も常に次の授業のことばかり考えていましたし、いつも胃はキリキリと痛みました。

1年間死に物狂いで何とかこなした結果、2年目からは大分感覚も掴めてきて、余裕をもって対応することができるようになっていました。

同じ学年を組んでいた経験のある先生とも平均点で差はほとんどなく、他校との比較でも生徒たちがまずまずの好成績を収められているというのは、心からの救いでした。

2年目から3年目に移るとき担当を外れた生徒からは、「先生に来年も教えてほしかった」「先生が教えてくれたような考えで、これからも問題を解いてみます」というようなお手紙をもらい、少しは何か役に立てたのだろうかと涙が出ました。

テストの点数などで戦うことが良いのかという問題は置いておき、子どもたちに学問の楽しさを伝えられたことは、私にとって大きな自信となりました。

今振り返ってみると、自分の「勉強ができない」というコンプレックスが逆に良い方向に働き、分からない人にも分かるように授業をすることができたのかもしれません。

本当にピンチだった状況を、V字回復できたのはあの言葉があったからです。

まとめ


思っている以上に人間は力があるものだということを、身をもって知りました。

自分で制限をかけてしまわずに、何でも挑戦してみれば案外「こんなことは無理だ!」と思えるようなことでも、できてしまうのかもしれませんね。

試練は本当に辛く苦しいものです。

だからこそ、私は自分のレベルアップの絶好の機会と捉えて、「逆に面白い!」と言い聞かせています。

そうすれば、いつか「あの時逃げなかったから、今の自分がいるんだよなぁ」と思える日が来ることを知っているからです。

また、ついを裁くような目線で他人を見てしまうことが誰しもあると思うのですが、こんな時「逆に、面白い」を発動させると、人間のもつ哀愁や味わいという面白みを発見することもできると思うのです。

誰から見ても完璧な人というのはいません。

他の人から見れば、その完璧さが疎まれる欠点となることだってありますよね。

ですから、お互い様という精神で良いところも悪いところも埋めあいながら生きていけたらと思っています。

初心者スピ部長・カリーネの愛の引き寄せ道場!

人生において、訳の分からない問題が多発して悩んでいた頃から半年。

随分と私は心穏やかな日々を送っています。

それというのも、「実は原因が自分にあった」ということを理解できたからです。

前世からのカルマでもなく、誰かからの怨念でもなく、今の自分が全て引き起こしたことだということなのです。

このことを受け止めるのにも覚悟がいりますよね。

「自分のせいじゃないこともあるよね!?」

と言いたくなることも沢山あるからです。

けれども、それも含めた上で「全て自分のせいだ」と受け入れる考え方を、私は選択します。

なぜなら、人生に対する希望が見出せるからです。

師匠のK先生は、悪いことが起こったときにそのメリットは何か考えてみることを教えてくれました。

たとえば、病気になることは、私にとってどのようなメリットがあるのか。

・病気になることで、体内の浄化を行っているため、病気から回復した後は元気を取り戻すことができる。

・病気ということで、周囲の人に心配をしてもらえる。

・仕事を押し付けられなくなる。

などでしょうか。

「病は気から」ですから、どのような病気であっても自分の内面に何か原因があるのではないか、と考えることで本当に解決するべき問題を見つけることができるのだそうです。

これは逆に考えると、自分が本心で思っていることが現実になっているということですから、プラスの方向に働かせることができるのならば劇的に人生が改善していくということに繋がりそうですよね。

人生を受け身で生きるか、創造主として主体的に生きるかはあなたの選択次第だと思います。

自分で是非切り拓いていきたい、そんな人は是非先生のメルマガをお読みくださいね。



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