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天才の親の三ヶ条|藤井聡太さんと羽生善治さんの家庭教育の共通点とは?

天才の親の三ヶ条

いま将棋界がとっても熱くなっています。

羽生善治さんが『永世七冠』の偉業を達成し、国民栄誉賞に輝いたと思ったら、異次元の中学生プロ棋士・藤井聡太さんがその羽生さんを公式戦で破り全棋士参加棋戦での最年少優勝記録を樹立しました。

すごすぎてマンガの世界を超えているような超天才棋士のお二人ですが、最初は将棋を知らない普通の子どもだったはず…!

どうやったらこんな風に育つのでしょうか? 羽生さんと藤井さんの家庭環境や教育方針の共通点から、天才の育て方を探ってみました。

まずは羽生さんと藤井さん、それぞれの将棋との馴れ初め、成長過程はどんなだったのか見てみましょう。

 

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羽生善治さんと将棋の出会いと成長

私が将棋と出会ったのは小学校1年生のときでした。近所に同級生の友人の家があり、学校が終わったあとに遊びに行くのが日課になっていました。

外なら野球やサッカーに缶けり、家の中で遊ぶときはトランプ、ダイヤモンドゲーム、ラジコンなどをよくやっていました。

その遊びの1つとして将棋を知りましたが、最初は”はさみ将棋”や”まわり将棋”からはじめました。

それから本将棋を習ったのですが、すぐに熱中するようになりました。
たくさんの種類の駒があり、毎回、毎回、どんな展開になるか予想もつかないところが、何よりも面白いところでした。

『みんなの将棋入門』羽生善治

友達との遊びで将棋に熱中しているのを見た母が、市内の将棋クラブの大会に申込し、初めて大会にでたのは小学2年生のときでした。

大会では全然勝てませんでしたが、それからそのクラブの道場に通い、席主の人から基本や型、定跡を教わり上達していきました。

両親は週末に出かけるついでに息子を送り届け、道場にいる間は八王子市街で買い物をしていたそうです。

めきめき力をつけて小学3年生で初段、5年生で五段に昇段、関東各地のデパートの将棋大会で入賞・優勝の常連になります。

6年生で小学校将棋名人戦で優勝し、奨励会入会試験にも合格。あっという間に昇給・昇段を重ね、15歳でプロデビューします。

以後の活躍はご存じの通り。

藤井聡太さんはいかにして将棋を覚えたか?

藤井聡太さんは、幼稚園のころからのめり込むとすごい集中力を発揮する子どもだったそうです。

最初にハマったのは、画用紙を編んで作る「ハートバッグ」という袋。

「100個くらいは持って帰ってきたと思います。捨てるのもひと苦労でした」と振り返る。

4歳になった聡太さんに、正史さんはスイスの木製おもちゃ「キュボロ」を買った。

大人でも難しい、立体の迷路を作ってビー玉を転がすキュボロを何時間も楽しむ様子に、裕子さんは「せっかくの並外れた集中力を生かせないか」と思案するようになる。

正史さんと話し合い、「何かにのめり込んでいる時は止めないようにしよう」と決めた。

電車のおもちゃ「プラレール」は、家の中を部屋をまたいで線路を作り走らせた。


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そして運命の出合いは5歳で待っていた。隣に住む祖母が、駒の動かし方が書いてある公文式の「スタディ将棋」を、孫のために用意したのだ。

みるみる引き込まれていくのを見て、すぐに通常の駒を買った。

将棋四段・藤井聡太さんの母 裕子さん/上 没頭している時は止めず

将棋は初心者だった家族はすぐに勝てなくなり、本人の希望で近所の将棋教室に通うことになりました。

将棋を覚えたばかりなのに最初から「読む」力があり、先生を驚かせます。

まだ字が書けないうちから詰将棋に熱中、『詰将棋ノート』の回答は母親の代筆でした。

将棋教室に通って1年で20級から4級に脅威のランクアップ。小学1年生で初段に上がり、研修会に入会。

近隣の将棋大会やネット将棋の世界では瞬く間に名が知れ渡ります。

小学4年生で奨励会に入会。その際、師匠との対極ではハンデ無しの平手で勝利したという逸話も残っています。

詰将棋の世界では、トッププロも参加する「詰将棋解答選手権」でただ一人満点をとり優勝、このとき小学6年生でした。

最後の難関、奨励会三段リーグは13勝5敗のギリギリの成績で1期抜け、デビュー戦は「ひふみん」こと加藤一二三さんとの超年齢差対局、からの29連勝記録!

何か持ってる…と思わざるを得ない藤井さんの仰天エピソードでした。

さて、ここまでで羽生家と藤井家の共通点がいくつか見つかりましたのでまとめましょう。

藤井聡太さんと羽生善治さんの家庭環境の共通点

家族は将棋が初心者、将棋はたまたま覚えた

そう、二人の家庭環境の共通点とは、『親がぜんぜん将棋ができなかったこと』『将棋を始めたのは偶然だった』ということです。

よほどの英才教育だったのかと思いきや、ちょっと意外な感じがしますね。

羽生さんは小学1年生で友達とのいろんな遊びの中のひとつとして将棋に出会い、本格的に勉強したのは家ではなく将棋道場でした。

家族も将棋を覚えて指していましたが、実力差が付いてからはこんなスペシャルルールで対局が行われていました。

最初は、ちょっと父とも将棋をした時期があったんですが、続けていると父親の威厳がなくなってしまうので、家族みんなでやるようになったんです。

私一人対両親と妹。そのときに、逆転ルールというのがありました。

連合軍は形勢が悪くなると盤を一八○度回転できるという、とんでもないルールなんです。

『人生、惚れてこそ 知的競争力の秘密』米長邦雄,羽生善治

この経験が、相手の気づかない勝ち筋で逆転勝ちしてしまう『羽生マジック』の元祖だったのかもしれませんね。

一方の藤井さんも、集中力がすごいということで、家族がいろんなオモチャを与えていた中の1つが将棋でした。

小さな成功体験が意欲を産む

ちなみに、藤井さんがあそんだオモチャの中には囲碁もあり、お祖父さんは囲碁が強かったそうです。


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それについて藤井さんはトークショーで、こう語っています。

5歳のときに、祖母が駒の動かし方が書いてある将棋の駒を買ってきて、それで将棋を始めたのが最初です。

最初に指した祖母が大変な初心者でして、それでルールを覚えてすぐに勝てるようになったので、どんどんやるようになりました。

(勝てると、うれしいですよね)

そうですね、やっぱりそういうモチベーションが。

(もしかしてそこで負けていたら、続けていたか怪しかったですか?)

そうですね、いや、祖母には感謝しています。

(囲碁はやっていなかったんですか)

囲碁も一時期やっていたんですけど、祖父に勝てなくて…

出典:2017年 12月 10日 (日) 藤井聡太六段(当時四段)、久保利明 銀河(王将)の共演トークショーin 名古屋 聞き手:藤田綾女流二段

子どもの頃は相手がトッププロの谷川浩司さんでも奨励会の先輩でも、負けると大泣きして悔しがったほど相当な負けず嫌いの藤井さん。

家族が将棋が強かったら、将棋はしていなかったかもしれませんね。

ちなみに、羽生さんにも将棋道場の席主が成功体験を増やすためのこんな工夫をしていました。

そこには子どもからお年寄りまで幅広い年齢層の人々が集まっており、私にとっては学校以外の遊び場のひとつでした。

最初は15級からスタートしたのですが、本来はそんな級はなく8級くらいからスタートをするものなのです。

しかし私があまりに弱いので、席主の人が考えてくれたのでした。

それでも最初の2、3ヶ月は1回も勝てなかったと記憶しています。

『みんなの将棋入門』羽生善治

道場では最弱、1回も勝てなくてずっと8級のまま…よりは、15級から14級、13級、と昇給の楽しみがあった方がよいであろう、という配慮だったのですね。

小さな目標をクリアして成長が実感できるのは、誰でも嬉しいことです。

もうひとつ、物理的な要素も見落とせません。

近所に将棋教室がある都市部に生まれた

家から車でぴゃっと通える範囲に『良い指導者のいる将棋教室があった』ことが、実はかなり大きな要因であったかと思います。

プロ棋士の出身都道府県は東京都、神奈川県、大阪府など都市部に集中しています。

将棋教室や道場など、強い相手と切磋琢磨し、適切な指導を受けられたことが成長に繋がることは疑いがありません。

人が集まる場所には情報も集まり、序盤の研究など情報においても都市部が有利になります。

今はインターネットがあり地方でも情報は得られるようになりましたが、奨励会員になると関東か関西の将棋会館に通って対局しなければなりません。

地方からプロ棋士になるには親の経済的な負担が大きく、子にとってもプレッシャーのかかる非常に大変なことなのです。

その点、関東や中部の都市部に、しかも将棋教室の近所にたまたま生まれてきた、というだけでも棋士になるための「運」の要素を持っているとも言えるかもしれません。

地方出身の藤井猛九段は独自の研究で新戦法を生み出し、竜王のタイトルを手にしていますので、必ずしも地方だと無理ということではありません。

しかし、プロになれるかどうかも分からないのに新幹線代やら宿泊費または下宿代を出せるか…という親の経済力と器の大きさは問われます。

と、お金の話が出てきたので、天才を育てるために親ができることをまとめておきましょう。

天才は、教育されるものにあらず。親の三ヶ条

一、口を出さずにカネを出せ

まずは、その子どもの可能性を広げてあげることだと思います。

親がなし得なかった自分の夢を子どもに託して、英才教育…っていうのは最悪です。伝統芸能の家系とかじゃない限り、やめましょう。

親と子どもはまったく別の人格で、別の人生を歩んでいきます。

あなたがやりたいか、やらせたくないかに関わらず、色んな体験をさせて興味を広げる機会を与えてあげるのが親にできることです。

あれしろ、これはするな、など口は出さずに、習い事やスポーツ、遊びなど幅広い「体験」にお金を出してあげましょう。

最初はとにかく色んなことを体験させてみて、その子の興味があるもの、適正のありそうなものを更に深めていくのが良いでしょう。

ここで注意点としては、『すぐ飽きる』可能性を視野に入れておくことです。

高い道具を買ったんだから、何年はやらないとダメ!というように、嫌々やらせても何にもなりません。

最初から期待せず、飽きたら次、ぐらいどっしり構えていられると良いですね。

二、親は子どもに教えるな

親が教えると、だいたいの子どもは嫌になるものです。

レスリングの浜口京子さんや狂言師の野村萬斎さんなど、親から教わって上手くいった例はあります。

しかし、そういった例は親が元からトッププロであり、かつ教育者としてのスキルを持っていたから成功したものです。

普通の親がきちんとした指導法も知らず「なんでこんな簡単なことが出来ないんだお前は…!」なんて怒ったら最後、子どもは二度とやるもんかと心を閉ざしてしまうことでしょう。

もしも、あなたがその道をちょっとかじった程度なら、指導は教室の先生やコーチに任せて、親はむしろ子どもから教わるぐらいがちょうど良いのです。

一緒に遊びながら、子どもに教えてもらい、プライドを立ててあげましょう。

しかし、親がある程度の実力をもっていて、あからさまに負けたフリをするのはだんだんバレて通用しなくなります。

適切なハンディを設けて本気の勝負をするなど、小さな成功体験ができるように仕向けるのがポイントです。

三、喜ぶな、ガッカリするな

「こんなにお金をかけて、こんなに面倒みたんだから、絶対プロになってね……!!!」とプレッシャーをかけるのもよろしくありません。

試合やコンクールのあそこが良かった、ここがダメだったと評価・口出しするのは論外です。

失敗したときにガッカリした顔を見せるのもいけませんが、結果を出したときに親が喜びすぎるのも考えものです。

子どもは「結果を出さなきゃダメなんだな」とプレッシャーを感じてしまうからです。

期待を100%手放し、結果が出ても出なくても、いつも変わらぬ笑顔でそこから学んで成長していく姿を喜んであげましょう。

「難しくて、お父さん/お母さんには出来が良いか全然わからないけど、今日もよくがんばったね」

と、あんまり興味がない風に応援する方が、のびのび活躍できるのではないでしょうか。

まとめ

将棋の羽生善治さんと藤井聡太さん、天才が育った家庭の特徴は…

  • 親は将棋が初心者、将棋は特別に教えたのではなく色んな遊びのひとつとして覚えた
  • 家族に勝つ、何回も昇級するなど、小さな成功体験を積み重ねた
  • 家が都市部で近所に将棋教室があり、優れた指導者に出会った

天才を育てる親の三ヶ条

一、口を出さずにカネを出せ(幅広い機会の提供)

二、親は子どもに教えるな(プロの指導者に任せる)

三、喜ぶな、ガッカリするな(期待を手放す)

 

ですが、これを守ったからといって、お子さまに過度な期待をなさいませんように、笑。

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