心を育てる

宇野千代に学ぶ|後悔しない大胆で情熱的な生き方

日本の女流作家でもあり、実業家でもあり、着物デザイナーでもある宇野千代さん。

多くの著名人との恋愛・結婚遍歴を持ったことで知られ、浮き沈みの多い波乱に満ちた生涯を送りました。

結婚離婚を繰り返すたびに家を建て替えたという伝説があり、「数えて見ると、十一軒建てた勘定になるから」とケロッと語った宇野さん。

『私が建てた家』という随筆にしてしまったり、自分が長寿だということを『私何だか死なないような気がするんですよ』という書名のエッセイにまとめてしまったりするような可愛らしい女性でした。

世の中には、「本当はこんなはずじゃなかった!」と思って死んでいく人が、9割を占めると言われています。

これは驚くべき数値です。

「人が人生を終える時に後悔する20の項目」というのをご存知でしょうか?

・他人がどう思うか気にしなければ良かった

・幸せをもっとかみ締めて生きるべきだった

・もっと他人のために尽くせばよかった

・もっと思い切って冒険すればよかった

・くよくよと悩まなければよかった

多くの人はこのようなことを思いながら死んでいきます。

アメリカでの80歳以上の老人を対象としたアンケート調査で、「人生で最も後悔していることは何ですか?」 と聞いたところ、70%の方が「チャレンジしなかったこと」と回答しています。

ちなみに宇野さんは、幸せを見つけるのがとっても上手な方なので、きっと「あー、楽しかった!」と言って亡くなったことは間違いありません。

恋愛・人生・人間関係・幸福と分野別に格言を載せてみましたので、お好きなところからどうぞ~。

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宇野千代さんの恋愛格言

小説家の尾崎士郎や画家の東郷青児など、素晴らしい才能をもった多くの男性たちと恋愛をしたことで有名です。

当時の日本では、相当非難されたのでしょうが当の本人はきっとお構いなしで、湧き起こる情熱に素直に生きました。

独特の人生観は今でも多くの女性たちに愛されています。

・「これは参った、と思うほどの失恋を何度か繰り返した。そのたびに、身をひるがえして、その失恋のどん底から起き上がった。その変わり身の素早さは、人の眼にもとまらぬほどであった」

彼女の魅力は、何といっても後腐れのなさです。

心から人を愛するがこそ、決して未練がましいことはしません。

多くの男性と関係を結んできた、彼女なりの恋愛の美学があるのですね。

・愛とは人の心を喜ばせたいと乞い願う、純粋な善意の現れである。

 

心底愛した人の幸せを願う気持ちが「愛」であり、相手が自分のことをどう思おうが自分の思いは揺るがないのです。

相手に振り向いてもらえなかったり、振られたりすると相手を責めたくもなりますが、そんな時は「もしかして自分の気持ちはまだ愛に届いていないのかもしれない」と考えてみると良いですね。

・「良人(おっと)を愛していたからと言って、それで恩に着せてはいけません。愛したことで、あなたは得をしたのです。良人がよその女と一緒になったからと言って、決して追いかけてはいけません。さァ、一番良い着物を着て、表へお出なさい。まず美容院へ行って、きれいに髪を結ってごらんなさい。」

 

千代さんは、「追いかけないのが、恋愛の武士道である」と言います。

自分の中だけにとどまっていれば、本質が見えてきません。

相手の立場に立ってはじめてその気持ちが分かるというものです。

愛する人が去ってしまう悲しみは本当に身を裂かれるほど辛いものですが、時には、自分の愛されたい気持ちをグッとこらえて、相手の幸福を願う気持ちを引き出し潔く身を引くこと。

そしていつまでもメソメソと引きずらずに、自分の幸福のために前を向いて歩きだすことが、相手のためでもありますし一番に自分のためでもあります。

千代さんの恋愛からは、カッコいい粋な女性の恋愛美学が伺えますね。

・ヤキモチやきのコツは、それがどこまでも大ゲサで、陽気で、可愛いこと。

 

チャーミングで可愛らしい宇野さんらしい格言です。

「どこまでも大げさで」というところが本当に素敵だなと思います。

私は感情は豊かな方だと思うのですが、表情に出ない性分なので、出会ってから少し経つといつも「え!?そんな人だったの?」と驚かれます。

ラインスタンプと本人の雰囲気とのギャップには定評があります…(´-ω-`)v

という訳で(どんな訳だよ)私の目下目標とするのは、感情表現を豊かにするということでしょうか。

「女は愛嬌」なんてよく言われ、そんな型にはめないで~なんて思ったりもしますが、やはりいつも笑顔で明るく、困った時にはスッと救いの一言が言えるような女性って素敵ですし一緒にいて安心します。

千代さんの言葉から、女性としてあるべき姿を学ぶことができますね。

宇野千代さんの「人生の迷いが吹き飛ぶ」格言

「何て運が悪いんだろう」「自分の使命とは何だろう」、以前はそんなことを考えて悩んでいましたが、宇野さんの名言を読むと鬱々としていた心が一気に吹き飛んでしまいますよ。

・毎日の、この一瞬、一瞬が生きる事なのである。私は、この一瞬、一瞬、意識を明瞭にして生きなければならない。

 

過去のことに捉われたり、未来のことを不安に思ったりしていると、一生「今」という時間に生きることがなく人生を終えてしまいます。

ただひたすらに今を感じてみると、何も問題がないことに気づくことができます。

「問題が起きたら、その時考えれば良いや~」なのです。

人生とは「今」の連続であることを改めて気づかせてくれる格言です。

・夢中で生きることが、生きていく目的
・よく生きることは、よく死ぬことでもある。一生懸命に生きたものは、納得して死を受け容れることが出来る、という意味です。

 

この言葉に救われる人は多いのではないでしょうか。

「何のために生きているんだろう」この問いは今は見つからないのかもしれません。

私が常々思っていることは、人生生ききってみないと目的なんて分からない、ということです。

ですから、それなりに全力でやってみて色々な経験から失敗と成長を繰り返し、あの世に行ったときに、神様に聞いてみようと思っています。

・「私は生きている」という発想から「私は生かされている」という発想に転換するとき、周囲をとりまく自然の不思議さ、ありがたさに気づくのである。

 

「生きている」と思う時、なぜだか自分の中の傲慢さが出てきてしまう気がします。

「専ら自分の力で生きてますけど、何か…”(-“”-)”?」

みたいな。そんなの当たり前感が出ちゃうよな~と感じるのは私だけでしょうか。

一方生かされていると心から感じた時自分の恵まれている点に様々気が付くことができます。

「なんだ、自分って結構愛されてるんだな」

という気持ちから、他人への感謝の念や「何かできることはないだろうか」という奉仕の心がじわ~っと湧いてくるものです。

・よく世間には「自分には運がない」と言う人がありますが、私には、自分の事を運がないと言う人は、何だか、卑怯な事を言っているように思われて、好きになれません。あなたも自分の事を、運の好い人間だと思うようになってください。きっと自分の思った通りになりますから、運というものは自分で拓くものです。
・挫折はあなたを、たくましくする。
・人生は、行動である。

 

私は様々なもののせいにして生きていました。

時代のせい、家柄のせい、先祖のせい、環境のせい、身体のせい、能力のせい……

何かのせいにしだすとキリがありませんよね。

ここで、宇野先生のお言葉がグサッと突き刺さります(*_ _)

「自分の人生くらい、文句言ってないで自分で切り拓いてごらんなさい!」

背中を押される気がいたします。

・健康法というのは、体操をするとか、歩くとか、あれを食べるとか、これを食べたいとかいうことではない。いつでも、何か追いかけて行く目的があって、張り切っている状態のことだと、この頃、そう思うのである。

 

肉食が良いとか悪いとか、健康法がどうだとか、私たちは様々な情報に翻弄されて生きています。

けれども、どちらを選択しようが生きている人はいますし、ではその人が良かったからと他の人が同じことをやってみても、同じ結果は出ないのかもしれません。

夢中になってやることがある、「今は死ねないな」と思える何かがある。

そのことが、人間の内なるパワーを呼び起こすのではないでしょうか。

・男は仕事をするときに、はじめて人間性を取り戻します。

 

女性は愛さえあれば輝いていられますが、男性はそうはいかないものかもしれません。

愛も仕事も人間関係も調和が取れた時に、生き生きとし出す男性を見るにつけ、それがそもそもの男女の違いなのだとゆったりと構えておけば良いのだなと思うこの頃です。

宇野千代さんの人間関係格言

・最も身近な人を幸せにすることは、最も難しいことであり、それ故に、最も価値のあること。

 
これは、パートナーとの関係性とも周囲の人間関係とも捉えることができます。

最初数か月は自分を良く見せようと気を遣いますが、お互いをさらけ出し緊張が解けてからが本当の関係を構築するスタートと言えます。

よくハリネズミの例で例えられますが、お互いの心地よくいられる距離感を、時々傷つけあいながら模索しなければなりません。

心を1つにしたいと思って近づいても、これ以上踏み込まれたくない相手の領域に足を踏み入れてしまうと、お互い傷を負います。

そんなことを繰り返しながら、決して諦めずに自我を捨てて相手の幸福を願う時、より良い関係性を築けるのではないでしょうか。

・お洒落をする、或いは気持ちよく身じまいをすることは、生きて行く上の、生き甲斐でもある。ちょっと大袈裟に言うと、人としての義務である。お洒落は自分のためにだけするのではなく、半分以上は、自分に接する人たちの眼に、気持ちよく映るように、と思ってするのだから。

 

ただただ同感です(^ω^)

私の場合は、かなり外見にコンプレックスがあったので、相手に気を遣わせたくないなという思いで整えていました。

相手意識がある人って、心地よい空間を作り出すのに気を配っているのが伝わるので、見ていて心が温まります。

・人間と人間はこちらが信じた分だけ、相手もまた、こちらを信じるというのが私の持論である。

 

まずは与えるということですね。

最初いかに自己を開放できるかということにもなりそうです。

信じることと期待することもまた違っていて、「きっとこうだろう・こうなるだろう」と任せて距離をとるのが前者であり、「こうなって欲しい!」と念を飛ばす(笑)のが後者です。

関係性やその人自身を信じる懐の広さを持ちたいものです。

宇野千代さんの幸福格言

・許し難い、と思われている自分の罪も忘れ去っているのと同時に、自分が人からこうむった辛かったことも、忘れている。そんなことなど、なかったことのように忘れている。この、忘れ去っている、と言うことの愉しさ。
私は凡(あら)ゆることを覚えていて忘れないほど、強くはない。私は弱くても好い。

 

自分の弱さを認める強さですね。

苦しいこと辛いことの全てを、根に持たずケロッと忘れ去ることを「愉しさ」であると表現しています。

お互い様の感覚であり、「あの時自分があんなことしちゃったから…」なんて自分の行いを気にしていたら、生きるのが苦でしかありません。

笑ってどんな人生も受け止めていくには、「相手も自分も許す力」が大切なのだと気づかされます。

・人間というものは考え方で自分の境地さえ変えられるというのが私の説なのです。人が聞いたら、吹き出して笑ってしまうようなことでも、その中に、一かけらの幸福を自分の体のぐるりに張りめぐらして、私は生きて行きたい。幸福のかけらは幾つでもある。ただ、それを見つけだすことが上手な人と、下手な人とがある。
・幸福は、遠くにあるものでも、人が運んでくるものでもない、自分の心の中にある。

 

私も幸せを見つける名人になろうっと(^^♪

この千代さんの「一かけらの幸福を自分の身体のぐるりに張りめぐらして」という表現、秀逸ですね~。

一かけらなのに全身に巡らすような幸福を味わうのは、才能と言えるのではないでしょうか。

全ては自分の心一つだという気概が感じられて、どんな逆風の中でも幸せを見つけて乗り越えてきた逞しさが読み取れます。

・幸福も不幸も、ひょっとしたら、その人自身が作るものではないのか。そして、その上に、人の心に忽ち伝染するものではないのか。とすると、自分にも他人にも、幸福だけを伝染させて、生きて行こう、と私は思う
・私は幸福を撒き散らす、花咲かばあさんになりたい。

 

人に対する溢れる愛情。

千代さん自体がエネルギー体のような人だったのではないかと想像します。

「幸福を撒き散らす花咲かばあさん」というフレーズだけで幸せをもらえます。

私もささやかながら、人に笑顔や幸福や光を与えていければと思っています。

まとめ


様々な格言をお伝えしましたが、最後に一つだけ。

・人間は、心の存在が、凡(すべ)てである。心が、体を動かす。心が幸福を生む。幸福は幸福を呼ぶ。

 

気迫を感じる言葉です。

千代さんの言う「心」というのは、魂の衝動のようなものではないかと解釈しています。

常識に捉われず、この衝動に素直に生きたのが宇野千代という人ではないでしょうか。

その時の常識に捉われ、周囲の目を気にしながら波風立てずに生きていく人は、千代さんのように多くの人を感化し救うことはできないのかもしれません。

その瞬間非難を受けることなど全く気にせず、人を愛し、仕事に情熱を注ぎ、人生哲学を貫いた人だからこそ今もなお愛され続けて入るのだと思います。

人生において何が大切なのか、そしてどう在りたいのかを問い直す良いきっかけとなりました。

初心者スピ部長・カリーネの愛の引き寄せ道場!

私の敬愛する椎名林檎さんの歌で

「人生は思い通り」というものがあり、歌詞に思わずドキッとさせられます。

「人生は思い通り」

作曲︰椎名林檎 作詞︰椎名林檎

片方のポケットに夢を誂う夕暮よ 町の灯が空々しくてため息を誘う
幼い日に憧れた全ては掴んでると 説き伏せる胸を盗んで木枯が往く

こんなはずじゃなかったこの人生 いったい何処が境目だっただろう
悔やんでも止んでももう戻れない

(中略)

くたびれた脚にこぞって絡まる闇 どうかやりなおさせてよこの人生
もう一度あの瞬間をつかまえたい 笑っても泣いても嗚呼行ったきり

こんなとこなのか知らんこの人生 いったい何から制限されているの
いいや!最初から自由そのものさ  たった今この瞬間をつかまえたい
わたしたちは何時も‥行ったきり

 

この「いったい何処が境目だっただろう」というところや、「いったい何から制限されているの」というところ、実に身につまされる思いがします。

「こんなはずじゃなかったこの人生」も「どうかやりなおさせてよこの人生」も実は思い通りに歩んできた道なのです。

最初から自由だったのに、制限をかけたのはこの私。

何かを恐れていたのです。

私の師匠の黒澤全先生は、「いかに人生で後悔しない生き方をするかですよ」と話していました。

何かをするのは今この瞬間が一番早いのです。

あとはもう後悔しないと決められるかどうかですね。

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