心を育てる

鬼滅の刃に学ぶ、慈しい鬼退治の話|節分の豆まきは「鬼も内」?

鬼滅の刃を見て慈しい鬼退治やってみた

節分といえば豆まき。鬼に豆をぶつけて鬼退治する、家族が盛り上がるイベントですよね。

そして鬼退治といえば「鬼滅の刃」!すごい人気ですねー!映画見ましたか?

わたしはニワカ知識で映画だけ見たんですけど、ボロ泣きでした・・・(´;ω;`)

鬼滅の刃のあらすじを一言で表すと、「日本一やさ)しい鬼退治」なのだそうですね。(公式から発表された言葉です)

気が逸れることを「魔が差す」といいますが、豆まきの由来も「魔を滅する」の語呂合わせといわれています。人のダメな部分を「鬼」に見立てることもあります。

改善してほしいところ(鬼的な部分)を指摘するときも、炭治郎のように慈しくできたらいいよね、という話を先日聞きました。

そんな折、ちょうど我が家で、夫に改善してほしいところについて話す機会がありました。

そこで、「慈しい鬼退治」にチャレンジしてみましたよ~!

わたしの鬼退治物語はいったいどうなったのか、よかったら聞いていってくださいね。

鬼に慈しい節分は実在した

優しい鬼退治
小さい頃、「鬼は~外、福は~内」の後に、小声でこっそり「鬼も~内」という習慣がありました。

地域の風習なのか家庭の教えなのか今となってはわからないのですが、「外寒いし、鬼がかわいそうじゃん」みたいに教えられていた記憶があります。

調べてみたら、主にお寺で「鬼は内」と掛け声をする例がいくつかありました。

全国で追い払われた鬼を入れてあげたり、神様がお堂に鬼を呼んであげたりして、仏教の教えで鬼を改心・社会復帰させるのだそうですよ。

わたしが鬼だったら、全力で豆ぶつけられて追い出されて寒空の下、トラ柄パンツ一丁でぶるぶる震えてるところをお寺に入れてもらえたら、あっさり改心しちゃいそう・・・(←ちょろい)

なんていうか、優しいですよね。ほっこりしちゃう。鬼と同じ目線じゃなくて、もっと大きな視点で包んでる感じというか。

これって、まるで「鬼滅の刃」でいう「慈しい鬼退治」みたいだなって思ったんです。

鬼にも鬼なりの事情がある

事情がある悲しい鬼

※劇場版 鬼滅の刃「無限列車編」ネタバレを含みます
※鬼滅ニワカ知識のため細かい部分は間違いがあるかもしれませんが生暖かい目で見守ってください♡

鬼滅の刃に出てくる鬼って、元は人間だったのだそうですね。

人の形を保ってない鬼もいたけれど、炭治郎たちを鎖でつないでた子供や車掌さんは鬼になりかけなのかな?って感じで納得です。

あの人達が炭治郎たちを眠らせようとするのは、「自分も良い夢を見て眠りたいから」という理由がありました。

同じように、「どう考えても100%相手が悪い」という状況だったとしても、相手には相手なりの理由や背景があるとも考えられます。

映画でいえば、炭治郎を鎖でつないだ結核の子は、背景が分かりやすかったですね。

同じ鬼仲間?からでさえも「病気だかなんだか知らないけど、ちゃんとできないなら○○様に言いつけてやるから!」と責められていた。

いっぽうの炭治郎は、自分を傷つけようとした相手にも関わらず「この子、結核なのか・・・かわいそうに」とモノローグで言っていました。

その言葉を聞いて、想像してみたんです。

鬼になる前にも、健康な人と同じように動けずに周りから責められていたのかな。

それが辛くて現実逃避したいがために、良い夢を見ることに躍起になっているのかもしれない。

年端も行かぬ子どもなのに・・・

そんなん、つらすぎるやろー!!(´;ω;`)

けれど最終的には、結核の子は改心していましたね。

改心したきっかけは、炭治郎の「精神の核」で優しくされたことでした。

炭治郎みたいな澄み切った心、慈しみの気持ちに触れると、悪行の背景にある悲しみや怒りが浄化されるのかもしれません。

正論で責めないで、事情を汲む

人のダメな部分や悪行を「鬼」に見立てた場合も、炭治郎のように慈しみの気持ちをもてたらいいよね、という話を聞きました。

確かに、正論をバシーンと突きつけられて自分の誤りを責められて・・・って、

「頭では理解できるけど腹では納得できない、なんかムカつく」

みたいな妙なしこりが残る気がします。

わたしは夫とケンカすると、ぶわーと屁理屈並べて理詰めにして「わたしは正しい、あなた違う」と言い負かしてしまうタイプです。(我ながら嫌だわw)

実際、夫とのあるやり取りの後「あ、納得してなかったんだね・・・」ということがありました。

正論責めは救われない~LANケーブル事件~

LANケーブル
数年使っていないLANケーブルを、夫がなぜか、後生大事にとっていたんです。

結構スペースをとるので、処分したくて夫に聞きました。

わたし「これ使ってないよね?捨ててもいい?」

夫「うーん、でも、使えないわけじゃないしな・・・」

わたし「いや、だってずっと使ってないじゃん。使ってないなら持ってる意味ないよね。何か間違ってる?」

夫「 」

こんな感じで黙らせて、捨てたような気がします。

それから2年ほど経って、LANケーブルが必要になる機会がありました。

その時です。

夫が、まさに鬼の首を取ったような表情で言ったのです。

「ほら、必要になったじゃん。だからあの時捨てなければよかったのに!」

そりゃもう、フンガフンガ鼻息荒く。

LANケーブルがめちゃくちゃ大切なものだったとか、何か思い入れがあったというわけではないと思います。

正味5年ほどLANケーブルは使っていなかったし、結局その時も、LANケーブルがなくてもどうにかなりました。

なので、捨てたこと自体は間違ってはいなかったのかもしれない。

でも、正論でズバッと斬るだけだと「嫌な記憶」として残ってしまうのかな、と思ったんです。

それをずっと引きずってたから、本人も無自覚のうちに「いつか仕返ししてやろう」みたいな感覚があったのかもしれません。

夫の名誉のために補足すると、普段はとても穏やかな人です。

だからこそ、そんな風に荒ぶるほど、わたしの態度に納得いってなかったんだな・・・と反省したのでした。

わたしの「慈しい鬼退治」チャレンジ


さて、LANケーブル事件から数年が経った、先日のことです。

かねてより気になっていた、夫の癖がありました。大きな音で、かなり頻繁に鼻をすするのです。

朝は特にひどくて、1分に5回くらい「ズゾゾゾオー!!!」みたいな感じですすります。

夫に重めの鼻炎があるのは知っていたし、自分が聴覚過敏ぎみだから気になるのかな・・・と思い、なかなか言えずにいたんです。

でも・・・

せめて1時間に1回くらい小さい音なら耐えられるけど、さすがに1分に5回大音量はしんどい。

鼻炎を改善しようとしているならまだしも、その姿勢も見られない。

そもそも鼻水は体外に排出したほうがいいんじゃないのか?なぜ体内に戻そうとするのか?

満員電車など鼻をかめない状況なら致し方ないが、ティッシュが目の前にあるにもかかわらず、鼻をかまずに常時すする理由がまじで謎。

気になって気になってしかたがなくて、一緒にいるのがしんどくなってきちゃったんです。

これは、どうにかして伝えたい・・・

そう思ったときに、「慈しい鬼退治」の話を思い出しました。

背景をイメージしてみた

背景をイメージする
今までだったら、LANケーブル事件みたいに「汚いから鼻すすりヤメテ!!」と、自分の意見をぶつけるだけでした。

それじゃあかん、同じことのくりかえしだと思って、「慈しい鬼退治」にチャレンジすることにしました。

まずは、夫の事情に思いを馳せてみることに。

  • 夫は鼻づまりがひどい
  • じゃあ病院行きなよと思うけど、耳鼻科通っても改善されなかった過去あり
  • 常に鼻すすりしているということは常に鼻水が垂れてくる?
  • いくら鼻をかんでもきりがなかったり、鼻の下が痛くなっちゃうのかもしれない
  • そういえば小さい頃からずっと鼻炎だっていってた。いちばん辛いのは本人だよね

このあたりまで考えたところで「事情を考えてみたら、きつくは言えないよなぁ」って思ってきました。

  • でも鼻をすするのって健康面でもよくないといわれている。やっぱりやめてほしい
  • 会社でもこんな状態なら、職場の人にも「鼻すすりうるさいなあ」と思わせてるかも
  • いくら嫁からとはいえ、こんな指摘されるのはちょっと恥ずかしいと感じるかもしれないから慎重に言おう
  • できるだけ疲れていないとき、リラックスしているときに話をしよう

最終的には、自分の中でこんな感じにまとまり、落ち着いて話をしようと心に決めたのでした。

いざ出陣!正論を使わずに伝える

鬼退治
そして、いざ話を切り出すことに。

けれど、最初はまったく理解してくれませんでした。

わたしが聴覚過敏ぎみなのを夫は知っているから、「なんでそっちの神経質なのに合わせて普通の生活音まで配慮(笑)しないといけないの?」みたいな感じで皮肉をいわれたり。

今までだったら、ここで「ムキー!」となっていたと思います。

でも、炭治郎だったらどう対応するかな?と、いったん深呼吸

事情を汲もうとしたからか「まあ、そうなるよね」と、割と冷静に受け止められたんです。

なんだかんだ途中で少しぷりぷりしちゃったのですが(笑)、最終的には落ち着いて話せたと思います。

「本人が一番大変なのはわかる。癖になってて抜けないのもわかる。わたしが気にしすぎなのかもしれない。

でも、健康面でも良くないのは事実だし、仕事場や食事の席でのマナーとしても微妙だよ。

鼻をすするのではなく、鼻をかむほうがいいと思う」

こんな感じで伝えると、最終的には受け入れてもらえました!

一緒に、正しい鼻のかみ方も勉強しました。

わたし自身も鼻を強くかみすぎてたことがわかり、お互いにとって良い時間になったと思います。

夫も、「今までは(わたしが)家庭内のイニシアチブを取りたいだけなのかなって思ってたけど、そうじゃないんだなって感じた」と言ってくれました。

思いが伝わったこと、2人の関係性がよくなったことが実感できて、とても嬉しかったです。

人にも自分にも、慈しみの気持ちで。

蛙化現象が起きても付き合い続けること!
人と本気で関わろうとすると、どうしてもぶつかる瞬間があります。

自分に対しても同じで、真剣に向き合うほど、改善したい部分は出てくると思うんです。

そんなとき、自分も他人も責めずに慈しみの気持ちで接すれば、良い関係性を築けます。

今年の節分は、人の心に棲む鬼(悪癖)を慈しく包むような豆まきをしてみませんか?

自分ではなかなか治せない鬼的な部分を、お互いに伝え合うのもいいかもしれませんね。

慈しみの気持ちを持つことで、お互いの気持ちが温かくなると思いますよ!

ABOUT ME
おぬきち
筋金入りの自己啓発セミナージプシーだったWEBライター。GLOBO(当サイト)経由で佐藤想一郎さんと出会い、仲間と関わることで無事ジプシーを卒業。縁あってGLOBOで記事を書くことになりました。読んだ人の心が晴れて人生の流れが変わるような記事を書けるよう励みます。

「もっと熱く、心を燃やして生きたい!!」

平凡に、自分のペースでのんびり生きていきたい。
お金と自由な時間があることが幸せ。

そう思い込んで生きてきました。

でも、そんな生き方、なんか冷めてる。
「仲間が一人でも困っていたら、
何がなんでも全員で力を注いでいく人たち」
に出会い、限りある命を熱く燃やして、
全力で生きる姿を目の当たりにしました。

人生を変えるとは、生き方を変えること。
心を燃やし続け、
熱く生きていれば人生は絶対良くなります。

「そんなこと言ったって、生き方がわからないよ。」

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