思考を鍛える

腑に落とすことの意味。本当の理解は頭ではなく「腹」でする。

腑に落とすの意味

アウトプットをするとき、「腑に落とす」ことができているかどうかでクオリティに差が出ます。

文章を書くとき、その内容について自分がちゃんと理解できていると、スラスラ書けます。

固有名詞とか日付、引用元など具体的な情報については一応確認するけれど、内容については何も見なくても、頭の中にある情報で行けちゃいます。

ところが、情報は頭に入れたのにちゃんとふに落ちていないときは、いざ書こうとすると、ちょいちょいストップしてしまいます。

書きながら「これって、どういうことだろう?」と考えてしまったり、具体例を挙げて説明しようとしたときにうまいエピソードが出てこなかったり。

腑に落ちているのか、いないのかで大きな差が出てしまうんですね。

「腑に落とす」にはどんな意味があるのでしょうか?

腑に落とすの意味

「腑に落ちる」は、どちらかというと「腑に落ちない」と否定形で使われることの方が多いですね。

「腑」とははらわた、内臓のことですから、「腑に落ちない」とは食べ物が上手く飲み込めなかったり、消化できていない状態と考えられます。

よく噛んで食べないと消化が悪くなって栄養を体に取り込めないように、知識も詰め込むだけでは消化不良になって、本質を捉えられなくなってしまいます。

実際にやってみると腑に落ちる

例えば、私が今勉強しているセミナーで、先日「鼻うがい」について教わりました。

鼻の中(鼻腔)のゴミを洗い流して嗅覚のセンサーを磨くと、環境や食事の良し悪しに敏感になったり、頭が冴えてアイディアが出やすくなったりする、とのことでした。

聞いた時は、全く腑に落ちていませんでした。

鼻からうがいをして本当にそんなに変わるのか、ツーンとしたりしないのか、情報としては頭に入ったものの、まだ納得していません。

この段階で「鼻うがい」について説明しようと思ったら、聞いた話をそのまま言って「〜〜だそうですよ」と言うことしかできませんね。

ですが、最初は半信半疑ながらも実際に鼻うがいをしてみると、体の感覚として、言葉になっていない部分の情報もたくさん入ってきました。

塩素の入ってない水で、ちゃんと生理食塩水の塩分濃度にすればツーンとせず、むしろ気持ちいいこと。

鼻が通って呼吸が楽になり、また味や匂いに敏感になること。

夜、寝る前にやるとサッパリした気分で眠れること。

更に、鼻から水を吸うときはこういう感じでやると良い、終わった後ではなを噛むときはこんな感じだと上手にできる、などというコツも体の感覚でわかってきました。

しばらく続けてみて「なるほど、確かにこれはいいぞ!」と納得しました。

腑に落とすとは、どこか「体感」を伴う理解、感覚的なものなのです。

概念を腑に落とすということ

「鼻うがい」のような、自分でやってみることのできるものは感覚で掴みやすいですが、抽象的な概念も腑に落ちる時は体の感覚が伴うように思います。

私は以前、「愛されたい病」みたいになっていて、人の気を引きたい承認欲求がものすごいことになっていた時があります。

その時に尊敬する人から

「愛されることよりも、愛するのが幸せなんですよ」

と、アドバイスされました。

「そうなんですねー、わかりました!」と素直に返事はしたものの、1ミリも納得できませんでした(笑)

だって、自分から愛しても人から愛されなかったら、ただの寂しい人じゃないですか。腑に落ちません!

ずーっと考えても「そんなわけないじゃん」とモヤモヤして、受け入れられなくて、半ば諦めムードになっていました。

そしてある日、何も考えずにボーッと駅前を歩いていたら、小さな子供がお父さん・お母さんに連れられて歩いているのを見かけました。

小さい靴を履いて、小さい服を着て、ゴキゲンでその辺を走り回っていて、両親もニコニコ見守っています。

それを見て、私は「かわいいなぁ」と思い、何だか暖かい気持ちになりました。

同時に、背中に電気がビリビリっと走ったような衝撃があって、「ああ、そうか」と、急に気づいたんです。

人のことをかわいい、愛おしいと思うことって、なんの見返りがなくても、ただそれだけで幸せなことなんだなあ。

愛することが幸せ、が腑に落ちた瞬間でした。

すると、それからは不思議と「自分も愛されている」という確信が持てるようになりました。

抽象的な概念は「やってみる」というのは難しいですが、ああでもない、こうでもない、と自分なりに必死にあれこれ考えていると、ふとした時に具体的な経験がヒントになってバシッと腑に落とせるようです。

ウンウン考えている時よりも、一回忘れてリラックスしている時(歩いているとき、お風呂に入っているとき、等)の方が繋がりやすい気がします。

腑に落としやすくする方法としては、次のようなダイレクトなものもあります。

 実際「食べる」と腑に落とせるという話

『千と千尋の神隠し』の千尋がハクからもらったおにぎりを食べるシーンは、まさに「腑に落ちる」瞬間が描かれています。

急に異世界に迷い込み、両親が豚にされ、働かされ、千尋にとってはさぞ「腑に落ちない」状況だったことでしょう。

しかし、ハクの差し出すおにぎりを「食べる」ことで、状況を受け入れ、元気を取り戻し、油屋で働き成長していきます。

食べ物をお腹に入れることで、腑に落ちて、腹が決まったんですね。

実際、新しく勉強したことが今ひとつ納得できない時、何かを食べることによって、文字通り腑に落とせることがあります。

例えば、セミナーとかで勉強した後に懇親会で飲み食いをすると、その時に勉強したことと食べ物がセットで記憶に残るんです。

セミナーの内容は忘れても、
「あの時、誰々さんと誰々さんと、セリ鍋食べながらこんな話してたなあ」
っていうのはしっかり覚えてるんですよね。

食べる時は、視覚、嗅覚、味覚、触覚など、五感がフル稼働するので、余計なことを考えずに感覚的に理解しやすくなります。

また、セミナーを聞いている最中だと「よし、聞くぞ!」と構えているのに対し、懇親会ではリラックスして講師や仲間とワイワイ話しているのも、あんまり考えすぎずにスーッと飲み込める要因かもしれません。

腑に落とすことの意味・まとめ

腑に落とすということは、言葉だけでなく経験を伴って体感的に理解するということ。

腑に落ちていると、言葉で覚えているよりも圧倒的に情報量が増え、アウトプットの質が上がります。

腑に落ちやすくするには、以下のような方法があります。

– 実際にやってみる・体験してみる
– 自分なりによく考えてみる
– 勉強した後でご飯を食べる

ただし、無理やり飲み込むと消化不良になりますので、すぐには腑に落ちなくても「きっとそのうち分かる時がくる」と思っておくことも大事かなと思います。

あなたの腑に落ちないことも、いつか繋がっていいアイディアが降りて来ますように!

裏カジノから逃げ出し、自由を獲得したストーリー

ここまでお読みいただきありがとうございます!

申し遅れました、当サイトライターの高橋久美と申します。

一人でも多くの方に新しい視点や考え方を知っていただき、心が軽くなったり、悩みが解決したり、人生をもっと楽しんでもらえたらいいな、と思いこのブログを書いています。

私はほんの3年前ぐらいまで、真っ暗闇のどん底の中にいました。

信じていた人に見捨てられ、寂しさを紛らわすように刺激的なゲームやネットの掲示板や動画を見まくり、一食にご飯を2合食べるほどの過食も止まらず、コンビニの袋だらけでゴミ屋敷寸前。人と比べては「自分はダメだ」と落ち込む日々でした。

ところが、私の先生であり、最も頼れる友人でもある佐藤想一郎そういちろうさんに出会って、人生が全く逆の方向に回り出します。

まだ20代なのが信じられないくらい色んな経験をしていて知識も豊富なのですが、何よりも「良い未来」を信じさせてくれる不思議な説得力があります。

私も上手く乗せられて、当時の知り合いからは「別人みたい」と言われるほど明るく元気になり、仕事にも情熱を注げるようになりました。

想一郎さんのメールマガジンには、人生の壁を乗り越えるヒントがいっぱい詰まっていて、読むだけでも毎日にちょっと幸せを感じられるような温かさがあります。

人生の流れを変えたい! 成長したい!と少しでも思われている人は、ぜひ一度読んでみてください。オススメです。