心を育てる

自分で決められない依存体質はいかにして改善されたか。

自分で決められないのを改善するには

なかなか自分で決められない、何事においても人の意見を参考にしたいんだけれど皆違うことを言うので結局迷ってしまう。

自分の中であこがれの人、カリスマ的な人にすぐ感化されて、なんでも真似してしまう。

自分は本当が何が好きなのか、アイデンティティを見失いがち…。

私は、そんな依存体質でした。「でした」と言うか、今でも依存体質ではあるのですが、着る服から持ち物から何まで誰かの真似ばかりしていたのが、自分で買い物をしたり、自分で仕事や住む場所を決めたりはできるようになりました。

ここでは、何も自分で決められなかった私の超依存体質がいかにして改善されたのか、変わるキッカケになったこと、そして今はどのように自分なりに意思決定をしているのか、体験談をまとめました。

まずは私がどれだけ「決められない」人だったのか、からご覧ください。

自分で決められない依存体質でした

実家の隣に1つ上のお姉さんが住んでいて、小学校に上がる前からよく遊んでもらっていました。

私は、そのお姉さんの服とか靴とかを全部真似していました。

田舎なので売っている場所は限られており、大抵のものはサイズ違いが手に入ったし、全く同じものがない場合は似たようなのを探してました。

お姉さんとしては真似されて嫌だったかもしれませんが、私は「自分が選ぶもの」に自信が持てなかったのです。

自分が選んだ服はダサいような気がしてしまうけれど、お姉さんが着ている服はオシャレで安心のような気がしました。

服だけじゃなく、ゲームとか、音楽のCD、中学の部活、etc…高校がバラバラになるまで真似っ子は続きました。

高校から大学も、真似する対象が変わっただけで、依存体質は本質的に変わりませんでした。

ビジュアル系ロックバンドに憧れたときはフリフリのゴスロリ服をせっせと自作し(田舎なので売ってなかった)、嶽本野ばらさんの『ミシン』を読んではMILKを買いあさり、そこのセレクトショップの店員さんに感化されて今度はJane Marpleに以降し、大学の先輩でコム・デ・ギャルソンとかY’sが好きな人に出会ってからはフリフリを卒業してアヴァンギャルドを目指し、スピリチュアルのおばさんが和装をしてたら着付け教室に通って着物を仕立て…。

服の例を挙げましたが、持ち物から趣味から一切合切がそんな調子で、あこがれの対象が変わるたびに急に刺繍を始めたり、プロテイン飲んで筋トレを始めたりと、一貫性が微塵もありませんでした。

そんな私がスピリチュアルに依存するのは、いともたやすいことでした。

ある縁から、占い師じゃないけれど直感で色々「見える」と言うスピリチュアルなおばさんに出会い、「ビジュアル系のCDは全部捨てなさい」とか「イッセイミヤケの服を買いなさい」とか、ああしろこうしろと言ってくれるのがとても心地よく、言われるがままに8年間で総額200万円ぐらいお金を払ってしまいました。

今思うと、ボロい商売ですね(笑)。

自分では「これがカッコいいんだ」って自信を持って決められないので、自分の世界観を持ってて我が道をゆく人がカッコよく見えてしまっていたのです。

メリット・デメリットでは決められない

もっとお金を稼いで、スピリチュアルのおばさんにいっぱい払いたい!と副業に勤しんでいましたが、あるとき友人から

「それって詐欺じゃないの?」と諭され、おばさんとは決別することになります。

しかし、距離をおいても依存はすぐには直りませんでした。

「こんなとき、おばさんだったらどっちにするだろう?」と交信して、エアーで判断を仰がないと決められないのです。

例えば、100円ショップに行ってマグカップを1つ選ぶのも一苦労です。

私の中には、他の人のいろんな価値観が入り込んでいました。

  • 乙女たるもの、キティちゃんのプリントされたファンシーなやつでなきゃダメ!
  • いや、マイメロの方がかわいい。
  • いや、ミッフィーだろ。
  • 無印良品的な、白くてシンプルな方がいい。
  • ほっこりした焼き物みたいなのがいい。

どれが本当の自分の声なのか分からなくて、30分悩んで頭が痛くなって買わずに帰るのを2回繰り返し、最終的にスピリチュアルおばさんの好きそうな無印良品みたいなやつを買ってしまいました。

買い物すら自分で決められない

友人の一人からは「後ろにババアが見える」と言われるほど、依存しきっていたのです。

そんなの、メリット・デメリットを考えて合理的に判断すればいいじゃないか、と言う人もいるでしょう。

可愛いのはワクワクするけど、他の食器と合わせづらいな、とか。

しかし、そもそも何が「自分にとって良い」か判断基準を持っていないとメリットもデメリットも無意味になってしまいます。

つまり「他の食器との調和」を良いと判断することができないのです。

考えれば考えるほど選べなくなり、「どーちーらーにーしーよーうーかーなー」でランダムに選ぶのが一番早いということになります。

それが改善したきっかけとなった出来事が、以下です。

自分で決められないのを改善したきっかけ

人から見せてもらったので詳細は不明なのですが、どなたかのメールマガジンだったと思います。

全体的にヨガの話だったと記憶しているのですが、こんな文言がありました。

私は周りの人の役に立つために、自分を整えているのだ

「世のため・人のために貢献しましょうと言いながらお金を儲けるのは矛盾しているんじゃないですか?」という問いに対する答えです。

自分が報酬を全く受け取らなかったら、お腹が空いて死んでしまいますし、何も着ないでウロウロしていたら警察の御用になってしまいます。それでは貢献も何もできません。

栄養のある食事をとって、整った空間で体を休めて、きちんとした身なりをしているからこそ、ちゃんと仕事ができて人の役に立てるのです。

周りの人に、よりお役立ちするために、報酬を受け取るのだ、と。

それは、当時の私には全然ない発想でした。

例えば服装ひとつを取っても、

  • どうしたらダサく思われないか
  • どうしたらもっとモテるか
  • どうしたらもっと目立てるか

と、自分が人から認められることしか考えていませんでした。

そうではなくて、自分が他の人の役に立つために服を着る…とは?

自分で服装を選ぶには

ふと、美智子さまのこんなエピソードを思い出しました。

12年、陛下は心臓のバイパス手術を受け、退院1週間後に開催された東日本大震災から1年の追悼式に、両陛下そろって出席した。

これまで洋装の喪服を着用していた美智子さまは、和装の喪服へ変えた。

「陛下がバランスを崩したときに、お側(そば)にいる自分が支えるには、パンプスではなく草履のほうが動きやすい」とのお考えからだ。

引用:なぜ洋装から和服へ? 皇后さまの感動エピソードに学ぶ「アシスト力」

美智子さまは、着物を見せびらかしたいとか、目立ちたいとかではなく、大切な人を助けるために服装を決めていたのです。

これが、「決められない」私に根本的に欠けていたものではないか、と思いました。

人生で大事なものを決めたら優先順位ができた

それから、すぐになんでも決められるようになった…訳ではありません。

自分にとって大切な人は誰か、人生で大事にしたいことは何か、そういったことを探りながら、少しずつ優先順位が定まってきました。

大きな優先順位を決める

紆余曲折はありましたが、今のところ私が大事にしたい人は、「今は依存していても成長して自立しようとしている人たち」です。

一緒に切磋琢磨して学ぶ友人たちや、検索して見つけてくださった読者の皆さんです。

みんなに人生が良くなるような知識や、気付きを届けたい、気持ちを少しでも明るく、元気にしたい、そんな思いで情報発信を続けています。

それを「人生で一番大事なこと」としたときに、いろんな優先順位がピタッと定まってきました。

例えば、服装。前は目立ちたい、オシャレだと思われたい、と言う気持ちが優って、いろんな系統をフラフラしていました。

しかし今は、服装に手間をかけすぎず、周りに不快感を与えず、気を引きすぎないのが良いと思うようになり、無難なコンサバ&カジュアルに落ち着いています。

ブログを書くことにエネルギーを注ぎたいので、服装はなるべく手入れが楽なのが良い。

かといって、年中ジャージだと状況によっては周りの人が「うわっ」とテンション下がってしまうので、ある程度きちんとして見えるもの、ヘタッた時に心置きなく買い換えられる価格帯のものを選ぶようにしています。

となると、スーツはウォッシャブルがいいな、ブラウスもノンアイロンで着られる形態安定加工のがいいな、などと判断基準が生じます。

私はファッションは省エネモードですが、「美しさ」を人生で大切にしたい人は、むしろこだわってお金や時間もかけた方がいいかもしれません。

どのファッションの系統・ブランドを選ぶか以前に、人生で大切にしたいのは誰か、何を大事にして生きていきたいのか、「そもそも」の部分をしっかり選ぶと細かいところは自動的に決まるのです。

依存するなら「人」よりも、大きなものに

自分に自信がないときはこうやって決めよう

偉そうに書いていますが、私は自分のことが信じられません。

飽きっぽくてすぐに放り出すし、あんまり頭の回転も早くないし、きっとたくさん間違えます。

自分を信じられない代わりに、「天の采配」みたいなものを信じることにしています。

宗教はやってないんですけど、神様的な「大いなる存在」みたいなものがいる設定にして生きているんです。

良いことをして、徳を積んで入れば絶対に良いようになる。

だから、私は自分が本当に「良いこと」だと思うことをしたい。

今は、ブログを書いて、人と人・情報・気づきを繋げることが自分にできる最大の「良いこと」だと思うので、それを一生懸命やろう。

それをやった結果どうなるのかは分からないけれど、少なくともやっている過程では幸せを感じています。

趣味も何も続いたことがない私がブログだけは3年以上書き続けられているのは、きっとそれが誰かの真似じゃなくて「自分の内側から出てくるもの」または「天から降りてきたもの」なんだと信じてます。

テクニックとかノウハウは人のを参考にすることもありますが、「書きたい」という思いは真似できるものじゃないから。

本当は神様なんていないのかもしれないし、死んでも報われなかった、なんてあり得るかもしれない。

それでも、内側から出てくる衝動に従って、「良いこと」に向かって全力を尽くしているときは、人からどう思われるかも忘れて、ただ一生懸命になれて、幸せだなと思います。

「人」に依存してその人の全部を真似しようとしても、私はその人にはなれなくて、劣化コピーにしかなれません。

だから、どうせ依存するなら、もっと大きなものに依存した方がいいんじゃないかな、と思うのです。

自分で決められない依存体質の改善方法|まとめ

自分で決められない依存体質を改善するには、何かひとつ「人生でこれを大切にするぞ!」というテーマを決めましょう。

思い当たらないときは、ひとまず「周りの人を笑顔にしよう」などと適当に決めて「違ったな」と思ったら修正していけばOKです。

そして、そのテーマを全てにおいて優先する判断基準を採用します。

すると自ずと「じゃあ、こっちの方がベターだな」と自分で決められるようになっていきます。

自分を信じられなくても、大きな自然の流れみたいなものを信じれば、大丈夫。

あなたの人生が実り多きものになりますように!

ABOUT ME
高橋久美
月間25万ページビューの人気サイト「GLOBO(グロボ)」のライター&編集長、複数のメディア運営に関わっている。プロフィールはこちら
私の人生の転機

 
ここまでお読みいただきありがとうございます!

一人でも多くの方に、人生をもっと楽しんでもらえたらいいな、と思いこのブログを書いています。

私はほんの3年前ぐらいまで、真っ暗闇のどん底の中にいました。

信じていた人に見捨てられ、寂しさを紛らわすように刺激的なゲームやネットの掲示板や動画を見まくり、一食にご飯を2合食べるほどの過食も止まらず、コンビニの袋だらけでゴミ屋敷寸前。

人と比べては「自分はダメだ」と落ち込む日々でした。

ところが、私の先生であり、最も頼れる友人でもある佐藤想一郎そういちろうさんに出会って、人生が全く逆の方向に回り出しました。

まだ20代なのが信じられないくらい色んな経験をしていて知識も豊富なのですが、何よりも「良い未来」を信じさせてくれる不思議な説得力があります。

そんな想一郎さんから私は「願いを叶える方法」を教えてもらい、願っていたことが次々と実現しました。

過食が治り、ライターとして独立し、安定した収入を得て、一緒に成長していける仲間達とも出会えました。

もっと多くの人に人生を楽しんでもらいたいので、このブログでは、想一郎さんの無料音声セミナー「4次元引き寄せプログラム」を紹介しています。

「願いを叶えたい」「目標を達成したい」「人生を変えたい」という人は、ぜひ聞いてみてください。

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