高橋久美(たかはしくみ)
月間25万ページビューの人気サイトGLOBOのライター&編集長、複数のメディア運営に関わっている。
過去にスピリチュアルに依存して多額の借金を作った経験から、依存せずに自分で考え体感して実生活を良くするスピリチュアルとの付き合い方を提案。
はじめまして、GLOBOライターの高橋久美と申します。
私は承認欲求の塊みたいな、目立ちたがりの見栄っ張りの寂しがりでした。
承認欲求が強すぎると自分も苦しいし、周りの人も疲れるし、あんまり良いことありませんよね!
人に認めてもらえないと自分の存在価値を感じられない、そんな依存的な自分を変えたくて、気づいて以来3年に渡って承認欲求と向き合ってきました。
承認欲求を完全に卒業…とまでは行きませんが、対処の仕方が分かって、一人でも心の平安を保って楽しく生活できるくらいにはなりました。
そこで今回は、私の体験をベースにして、承認欲求が強すぎるとどんなデメリットがあるのか、承認欲求が強い人の特徴、承認欲求への対処方法などをまとめました。
まずは、承認欲求が強すぎるとどうなるのか、特徴あるあるから見て行きましょう!
目次
承認欲求が強すぎるとどうなるか?
承認欲求とは、自分自身を尊重し認めたい、 また他者から認められたいと望むこと。
マズローの欲求5段階説では下から4番目に当たり、生理的欲求や安全の欲求、所属と愛の欲求が満たされて芽生える高次の欲求とされています。
承認欲求が強い人には、以下のような特徴が見られます。
承認欲求が強い人の特徴あるある!
メンタルが豆腐。
承認欲求が強い人は、人から認めてもらわないと自分が世の中に存在しても良いという実感が持てません。
なので、人からの評価をめちゃくちゃ気にします!
人から褒められたら調子に乗りますが、ちょっと叱られたり、無視されたりしたらこの世の終わりのような絶望を味わいます。
「私なんて、誰にも必要とされてない、何の価値もない、存在しちゃいけない人間なんだ、うわああああん!!」
職場で挨拶したのに気付かれなくてシカトされた程度でも、自分の存在価値が揺らぐほどの、スーパー豆腐メンタルなのです。
恋人がいると、ちょっとLINEの返事が遅いだけで不安になるタイプですね。
ビジネスやボランティアにいそしむ
承認欲求を満たすためにアクティブに行動します。
「人から認めて欲しい」その一心で、勉強や部活、ボランティア、ビジネスなどを頑張り、それで社会的に成功してしまう人もいます。
しかし、目的は「自分が認められるため」なので、どこかで息切れしてしまいます。
私自身の体験談ですと、勉強を頑張ると親とか先生に褒めてもらえたり、同級生から「すごいねー」と認めてもらえたりするので、中学・高校の時は嬉々として勉強していました。
もう、テストで点数を取るのが楽しくて仕方がありませんでした。
大学に合格してからも、最初の学期はせっせと出席して、真面目にレポートを書き、AやAAを集めていました。
ところが、良い成績をとっても、もう誰も褒めてくれる人がいないことに気づきます。
親は離れて暮らしているので成績表なんていちいち見せないし、大学の先生なんて学生に1ミリも興味がないし、同級生はいい成績を取るよりもいかに楽して単位を浮かせるかに腐心していました。
それで私はすっかりヤル気をなくし、楽な講義ばっかり取るようになります。
または、「もっと認められたい!」と際限なく探求が続くパターンもあります。
例えばビジネスで年収1000万円を目標にしていたのが、それを達成したら次は2000万、3000万、1億…と、どこまで行っても満たされることがありません。
SNSにハマる
承認欲求が強い人は、大勢の人の注目を集められるSNSにハマりやすい傾向があります。
- 「いいね」がついたか気になって他のことが手につかない
- むしろ、SNS映えのために生活している
- 現実とSNS上ではキャラが別人のよう
…なんて見栄を張る他に、
-
- 定期的に「死にたい」「アカウント消します」などとツイートする
- ネガティブ発言でフォロワーさんに慰めてもらう
- 人の悪口を書くなどして炎上させる
など、ネガティブ系で人の気を引こうとするパターンもあります。
良くも悪くも反応してもらうことによって承認を得ているんですね。
エスカレートすると、「バイトテロ」のような騒ぎも辞さずに注目を集めようとします。
派手なファッション
私は顔が地味で目立たず褒められずに育ったため、派手なファッションで目立とうとしていました。
具体的には、フリルやレースが満載のゴスロリファッションで、服に視線を集める方針です。
九州の成人式で派手な着物を着る人たちも、きっと普段は目立たず認められず埋れていた人たちなんだろうな、と妙な親近感を覚えます。
見栄を張る
それなりの店でお買い物をすると、店員さんが「これ似合いますよ」とか「新しく入荷しました」などと構ってくれ、自己重要感が満たされます。
承認欲求の強い人はこの快感が忘れられず、常連化して高いものをバンバン買います。
しかし、その商品自体が欲しいわけではなく、レジでお金を払う瞬間がテンションのピーク。
「なんで、こんなの買っちゃったんだろう」と思ってせっせとメルカリに出品します。
クレーマーになる
クレームも承認欲求を満たすためにやってる人は結構います。
私は以前、コールセンターで働いていたのですが、毎回同じクレームで電話をかけてくるおじいちゃんや、用件を言わずにひたすら世間話をしようとするおばちゃん、やたら横柄なおっさんなどの常連さんがいました。
きっと、仕事を定年退職したり、子供が独立したりして、ヒマで、誰にも相手にされないと、承認を求めてクレームの電話をかけてしまうんじゃないかなと思います。
孤独に耐えられない
承認欲求が強すぎる人は、一人で孤独を楽しむことができません。
人に承認してもらえないと焦燥感や無力感に襲われ、落ち着かないのです。
なので、なるべく一人にならないように行動します。
- 常に恋人を切らさない
- 外食は必ず誰かと一緒
- 恋人や友達への大量のLINE
こじらせて悪化すると、人の気を引くためにリストカットする、自殺をほのめかす、などするようになります。
病気や怪我をすると、みんなに心配してもらえるのを知っているからです。
まあ、程度の差はあれ、誰しもそういう部分はありますよね!
でも、やりすぎると、かえって人が自分の周りから離れていってしまいます。
承認欲求が強い人は周りが疲れる
承認欲求から来る行動は、周りの人を疲れさせます。
例えば、こんな風に…。
自慢話ばかり聞かされる
楽しく会話していたつもりだったのに、ふと気づくとみんなテンションが下がっていて、自分の話ばっかりしてしまっていた…!!
私はそんな失敗がよくあります。
みんなが楽しめる話題を、というよりも自分が話したいこととか、これ言ったら注目されるな、という話をしてしまうのです。
周りの人からすると、「自慢話ばっかり」、「自分がが話題の中心でないと気が済まない」と取られます。
自分が気持ちよく話しているとなかなか気がつきませんが、ほかの人がやってるとよくわかりますね。
認められるために、してあげる。
良かれと思ってやってあげたつもりが、実はそれによって自分が認められたいだけだった、ということもあります。
例えば、恋人や友達へのプレゼント。
相手に喜んで欲しいという気持ちよりも、プレゼントをあげることで気を引きたいとか、良い人だと思われたいと言った気持ちが上回ると、独りよがりなプレゼントになってしまいます。
これは、相手の反応を見たときの自分の気持ちの変化がバロメーターになっていて、あんまり喜んでくれず感謝されなかったときに「なんだよ!」って面白くない気持ちが湧いてきたときは承認欲求が優位です。
相手にとっては、もらっても嬉しくないプレゼントに対して「お返し」を要求されているような気分になってしまうんですね。
お返しの物品を要求しなくても、喜んで欲しい、感謝して欲しい、認めて欲しい、という期待は相手にプレッシャーをかけます。
すると、相手も微妙にそのプレッシャーを感じて、物はもらって嬉しいんだけれど、なんか怖いような気分になるのです。
振り回される
人から認められることで自分の気分を保っている人は感情の浮き沈みが激しく気分屋です。
すぐ不安になったり、怒ったりするので、相手をする周りの人は、振り回されて疲れます。
愚痴を聞いてもらってスッキリした、人と話していたら不安が軽くなったというときは、その代わりに相手がグッタリすることになるのです。
相手は「振り回されている」と感じるでしょう。
構うのがめんどくさい
承認欲求の強い人は「構ってちゃん」でもあります。
寂しがり屋で、どうでもいいLINEを送っくる、やたら一緒にランチを下がる、気を引こうとして来る…etc.
相手にとってもそれが楽しければ良いんですけれど、上記の通り、一緒にいても振り回されて自慢ばっかり聞かされるので「面白くない」と感じることの方が多いんですね。
そのため「この人は面倒なのでフェードアウトしてしよう」と、疎遠になります。
ということで、承認欲求の強い人は構ってもらおうとすればするほど、周りの人を振り回し、疲弊させ、逆に構われなくなってしまう悪循環になるのです。
これは悲しいですね。
承認欲求との付き合い方・向き合い方
では、自分の承認欲求にはどう対処したら良いのでしょうか?
私が習ったワークや、日ごろ意識していることをいくつかご紹介させていただきます。
相手に意識を向ける
コーチングをしてもらっている先生にあれこれ悩みを相談していたら、
「よく、そんなに自分のことで悩めますね」
と呆れられたことがあります。
「こう思われたらどうしよう」とか「誰々さんに嫌われたかも」みたいな人間関係の相談をしていたのですが、承認欲求が少ない人はそもそもそういうことでは悩まないらしいのです。
承認欲求が強くなるのは、「自分が」認めて欲しい、「自分を」気にして欲しい、と主語が全部「自分」になっているときです。
そこで、勧められたのが「お役立ちチャレンジ」でした。
お役立ちチャレンジとは、ノートの1ページに1人ずつ、普段関わっている人やお客さんの名前を書いて、その人が喜ぶこと、その人のために自分ができることをリストアップして、全部やる!というものです。
説明するだけだと、たったこれだけの簡単なことなのですが、実際にやってみると、とても難しいことが分かりました。
まず、相手が何をしてほしいのかを全然知らなかったんです。
結構よく会う人であっても、その人が将来は何を目指していて、どんな問題を抱えていて、何に困っているのか、意外とちゃんとは分かっていないのでした。
だから、お役立ちチャレンジのノートを書くには、相手に興味を持って、様子をよく見て、話をよく聞くところからのスタートとなります。
すると、なんか楽しそうにしてるだけに見えた人が、実は持病を抱えていたり、家族関係に問題を抱えていたりと、意外とみんな大変そうだ、ということに気がづきました。
自分のことばかり考えていたときは、なんだか自分ばっかりが大変なように勘違いしていたのですが、みんなそれぞれ人生大変なんですね!
まあ、当たり前っちゃ当たり前なんですけど、ついつい忘れて自分のことばかりに意識が向いてしまいます。
「周りの人が自分のために何をしてくれるのか」ではなくて「周りの人のために自分が何をしてあげられるのか」に考える方向を180度逆転してみたら、自分のことって実はそこまで重要じゃないんだなってことに気づきました。
70億人の人がいて、みんなそれぞれに人生があって、問題もあるし悩みもあるし、自分だけが特別なわけじゃないんです。
そして、周りの人のためにできることを一生懸命に考えて見ると、実はあんまりできることが無いことにも気づきます。
自分の力ではどうにも手出しできないことや、その人が自分で乗り越えないと意味がないものもあります。
結局、「笑顔で明るく接する」とか「約束をちゃんと守る」とか、「物を運んであげる」みたいな小さなことしか見つからないこともあります。
それでも、できることからやってみて、相手が喜ぶのか、嫌がるのか、フィードバックをもらいながらまた「お役立ちリスト」もバージョンアップしていくと、ちょっとずつ相手のことが見えてきます。
そうやって、どうにかして周りの人に喜んでもらおう、お役に立とう、と必死に考えている間は、自分の承認欲求を忘れていることができるのです。
あ、「見て、こんなにやってあげたよ!」って無理やり喜んでもらおうとしたらそれは承認欲求なので、注意です。
難しいですが「自分が褒めてもらうため」「お礼を言われるため」じゃなくて、純粋に相手のためになることを考えましょう!
ノートまでは難しくても、誰かに会う前にその人が笑顔になっているところをイメージするだけでも違います。
「そういえば、誰々さんこの前、物を色々片付けようとしてるって言ってたな。ダンボールに入れて送ると買い取ってくれる業者を見つけたから教えてあげようかな」
とか、小さなことでも何か喜ばれることを思いつくかもしれません。
気づいたら、やめる。
気をつけて、みんなのために、と思ってやっていても、いつの間にか承認欲求にすり替わってしまうこともあります。
私もこうしてブログを書くときに、読んでくださる方々に喜んでもらえますように!と気合いを入れて書き始めるものの、書いてる途中で「もっと面白くなるような文章テクニックを使ったら、褒めてもらえるかな」みたいな邪念が入ってしまいます。
または、認めてほしい気持ちが強くなりすぎて、思ったような反応が帰って来なかったときにヤル気を無くしてスランプ状態になることもあります。
最初はどうして書けなくなっちゃうのかが分からなくて焦っていましたが、ほとんどの場合は承認欲求が原因であることを経験から学習しました(笑)。
だから今は、止まってしまったときは、「一体、自分は誰に認めてもらうことを期待しているんだろう?」と考えるようにしています。
そうやって、一歩引きで見てみると自分の承認欲求に気づくことができます。
「ツイッターでシェアしたときに、いいねとかリツイートを欲しがっちゃってたんだなあ」とか、仲間に「面白かったね」って褒めて欲しがってたとか。
そして、気づいたら、その都度やめればいいんです!
承認欲求が出ちゃうのは、仕方がありません。だって、止めようと思っても止められないんですもん。
でも「あ、いけない、いけない」って別の考えに気を逸らすことならできます。
そうだ、本来の目的は「いいね」をつけてもらったりリツイートされたり、褒めてもらうことでもなくて、読者さんの生活が良くなることだよなあ、と。
認めてもらいたい気持ちを無理に押し込めようとしたり、「そんなこと考えちゃダメだ!」と固くなったりすると、そのうち爆発してもっとおかしいことになります。
承認欲求を無くそうとするんじゃなくて、承認欲求じゃないことを考えるようにするのがポイントです。
人の頭って、同時に2つのことが考えられないようになっているので、スキップしながらネガティブなことを考えられないように、「どうしたらみんなのためになるかな」と真剣に考えてるときに、自分の心配はできないのです。
だから、「褒めてもらえない」「認めてもらえない」「構ってもらえない」と承認欲求がウズウズしてきたときは、あえて周りの人に意識を向けて、みんなが喜ぶことを考えましょう。
- 自分が褒めてもらうよりも、人を褒めてあげる
- 自分が認めてもらうよりも、人を認めてあげる
- 自分が構ってもらうよりも、人を構って(世話して)あげる
主語を「自分が」から「みんなが」「誰々さんが」に切り替えて、承認欲求から気をそらします。
恋愛だったら、「どうしてLINEの返信遅いの?ちゃんと構ってよ!」とイラっとしたときは、相手の事情を考えてあげましょう。
仕事が忙しくて大変なのかもしれないし、どう返信して良いか考えてるうちに時間が過ぎちゃったのかもしれません。
そして、どうしたら相手が嬉しいのか、喜ぶのかを考えて、行動に移せば、きっと今までとは違う関わり方ができるはずです。
感謝に切り替える。
人から褒められたとき、感謝されたときも承認欲求がピョコピョコ生えてくる要注意ポイントです!
やってあげるときは純粋に人のためにと思っていても、「あなたのおかげでこんなに良くなりました、本当にありがとうございます」なんてお礼を言われたら、「ヘッヘー、でしょ、でしょ!」と調子に乗ってしまうのが人情ですよね。
しかし、そこで承認欲求を満たしてしまうと、欲望はどんどん大きくなる一方です。
承認欲求にエサをやらないために、私は、褒められたときは「感謝」するようにしています。
例えば読者さんから感謝のメッセージをいただいたときは、自分の力が認められたとは思わずに、自分も感謝するんです。
読者さんに喜んでもらえたのも、これまでいろんなことを教えてくれた先生や、ほんの著者さん、関わってくれた人たち、インターネットの仕組みを考えてくれた人とか、パソコンやスマホを作ってくれた人とか、本当にたくさんの人たちのおかげだなあ、と。
そうすると、「もっと認められたい」みたいに承認欲求に火がつくのを予防できるんですね。
謙遜するのと違って、お褒めの言葉はちゃんと受け取って喜んで良いんですが、「おかげさまで」と承認はスルーする感じです。
このように「承認欲求ちゃん」にエサを与えないようにすると、だんだん大人しくなってくれます。
本音を言ってくれる人の存在は貴重。
自分で気をつけていても、無意識に人の気を引こうとして、承認を欲しがってしまうことがあります。
そんなとき、率直に指摘してくれる人が周りにいるのはとてもありがたいことだなと思っています。
「そういうの、うざいんだけど」とかズバズバ言われると耳は痛いですが、行ってくれる人は承認欲求に気づかせてくれる貴重な存在です。
パッと見は冷たい人のようにも思えるんですけど、自分が嫌われるかもしれないリスクを取ってまで教えてくれる優しい人だと受け取ることもできます。
逆に、構ってくれるんだけど、相手からも承認を要求されるような「仲良しグループ」は、居心地はいいかもしれませんが、なかなか成長は見込めません。
承認欲求を卒業するためには、ぐさっと指摘してくれる人、腹を割って本音で話してくれる人とほど付き合った方が、実は自分にとっては得なのです!
そして、そういう人は承認欲求が少ない人のはずなので、良いお手本にもなってくれるでしょう。
人から認められなくても平気、一人でも楽しめる、そんな「感覚」を関わっていく中で学ぶことができます。
観察していると「え、そんなに何も気にしてないんだ?!」とびっくりします(笑)。
自分の中の光に接続する
「人から認めて欲しい」という強い思いは、物事を頑張る原動力になることは冒頭で述べました。
しかし、一方で、認められなくなった瞬間にヤル気がなくなってしまったり、「もっと認められたい」と承認欲求が暴走したり、というデメリットもあります。
なので、何かやるときには完全に「人から認めてもらうため」だけでやるよりも、他の目的もあった方が良いのです。
例えば家族にご飯を作ってあげる人だったら、「美味しいと言って欲しい」「感謝して欲しい」「良い奥さんだと思われたい」といった気持ちはどちらかというと承認欲求です。
承認欲求だけを原動力にしていると、せっかく作ってあげたのに無反応で残されたり、「ごちそうさま」の一言もなかったり、お姑さんから「ちゃんと食べさせてるの?」なんて小言を言われた時に、もうヤダ!!ってなっちゃいますよね。
認めて欲しい気持ちもあっても良いのですが、たとえ認められなかったとしても、自分一人で勝手に幸せになれれば息切れしなくなります。
純粋に、家族が喜んでくれたらいいな、健康でいてくれたらいいな、という気持ちでご飯を作ってあげると、そのプロセス自体が幸せなのでたとえ相手から期待通りの承認が得られなくても気になりません。
反抗期の中学生の子供が憎たらしいことばかり言って、せっかく作ったお弁当も気に入らないとかダイエットだとかって残しても、「元気で、成長してくれてありがとう」なんて気持ちになれるのです。
承認欲求との違いは、結果にこだわりがないところです。
相手が幸せになってくれたらいいな〜、とは思うけれど、具体的に「絶対にこうなれ!!」とは思っていないんですね。
私も、本当にピュアな気持ちになれた時は、勝手に感動して泣きながらブログを書いてることがあります。
みんなが楽しんでくれたらいいな、少しでも何か気づきがあったらいいな、と祈るように書いていると、ちょっと不思議な感覚なんですけど自分で書きながら自分も読者の一員になったような、時間が関係なくなるような、一体感みたいなものが感じられるんです。
しかし、「ヘッヘッヘ、これならツイッターでシェアされるんじゃないかな」とか「みんな間違いなく感動するだろ」みたいな邪念が入るとダメみたいですね(笑)。
ありがたいことに、実際に知らない方がシェアしてくださったり、感想のメッセージをいただいたりすることも増えてきていて、嬉しく思っています。
でも、自分の中のピュアな原動力、「光」の部分に接続していれば、仮にそういう反応がもらえなかったとしても、みんなのためにブログ書けることそのものが幸せなのでオッケー!!ということになります。
私も毎回それができているわけじゃないし、認めて欲しい気持ちに溺れてスランプになっちゃうときもありますが、なるべく、光に接続している時間を増やせるよう、自分を整えて、気持ちを込めて、パソコンに向かうようにしています。
生活を整える
最後に、メンタルを整えるには生活面が非常に重要!ということを申し添えておきます。
私がメンタル面でだいぶ改善できた要因として、マインドセットとかワークとかもやってきましたが、最大の影響があったのが実は「生活の改善」でした。
ざっくり言うと、毎朝決まった時間に起きて、健康的な食生活をして、水をいっぱい飲んで、1日30分以上のウォーキングをして、半身浴をして、いい睡眠を取っていれば、それだけでだいぶ元気になります。
生活が整って満足していると、そこまで承認欲求で自分を満たさなくても平気になっちゃうんですよね。
ここで1個だけオススメしたいのが、「感謝して、丁寧にご飯を食べること」です!
もちろん、ちゃんとした素材で丁寧に作ったご飯の方が良いことは良いのですが、そうじゃない普通の定食とかお弁当なんかでも、そのお米やおかずが並ぶまでには数え切れない人々が関わっています。
毎日、田んぼの様子を見て大事にお米を育ててくれた農家さんや、海に出て魚を捕まえた漁師さん、食材を運んだトラックの運転手の人、八百屋さん、調理してくれたパートのおばちゃん、誰が一人欠けても、ここに並んでいるご飯は存在しなかったのです。
そして、すべての食材は、元をたどれば自然の恵み、太陽の恵みでできています。
大自然の恵みと、人々の働きに感謝して、みんなに応援されて生かされていることを実感しながら、よく噛んでご飯を食べると、いつもの定食でも3割増ぐらいに美味しくなるはずです。
ご飯以外の全部のことも、例えばスマホでネットの調べ物をするだけでも、そこに至るまでにどれだけの人が関わってくれたのかと思うと、もう、とんでもない人数になります。
いろんなことに感謝していると、そんなに人から認めてもらえなくても十分幸せを感じていられます。
本当かなあ? と思われるかもしれませんが、まずは「ご飯」から、試してみてください!
副作用として、量を食べなくてもお腹いっぱい幸せいっぱいになるので、痩せます!!!
私は食事を変えてから、毎日お腹いっぱい食べているにも関わらず4キロ近く体重が落ちました。あ、やべっ承認欲求出てる出てる…(笑)。
承認欲求が強すぎるときの対策まとめ
承認欲求が強すぎると、自分の存在価値を自分で認めることができず他者に依存するため、メンタルが不安定になります。
調子に乗ったり、落ち込んだり、不安になったり、人の気を引こうとしたり。
本人も疲れるけれど、振り回される周りの人も疲れさせてしまい、結果的により人から相手にされなくなり、承認欲求が飢える悪循環に陥ることも!
承認欲求には、人から認めて欲しいためにいろんなことを頑張る原動力になる面もありますが、認められなくなった時にやめてしまったり、「もっと認めて欲しい、もっと認めて欲しい」と満たされることのないまま突き進んで虚しさを感じたりすることになります。
自分の承認欲求に対処するには、まず承認欲求が出ていることに気づくこと。そして、気づいたら感謝に切り替えてやめること。
「たとえ、人に認められなくてもやりたい」と言う自分の中のピュアな光の部分に接続して、健康的な生活をしていると、承認以外にもたくさんの幸せを感じられます。
あなたも承認欲求を克服して、周りの人とより良い関係を築き、幸せいっぱいの日々を過ごされますように!
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。管理人の佐藤想一郎と申します。
私が執筆しました、レポート『Cycle(サイクル)』では、今まであまり語られることのなかった〝引き寄せの法則の、もう1つの側面〟について書いています。
・「ワクワク」のダークサイド(暗黒面)とは
・9割の人が見落とす〝引き寄せられない〟根本原因
・想像すら超えた未来を引き寄せる、運命を変える秘訣
といったことにも触れています。
よろしければ読んでみてくださいね。
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