最高の「人間関係」にする2つの視点
心を知る技術
ドクター・ジョン・F・ディマティーニ・著
原題は「The Heart of Love」(愛の中心)
『本質的で豊かな人間関係を築くために、愛の中心に還る方法を知るための本』のようなイメージでしょうか。
この本では、
・価値観のリンク付け
・感情の中和
などといったエクササイズが各章の最後についていて、直接書き込めるかたちになっています。
「子どもに冷たい自分は母親としてダメなんじゃないか?」
「夫に自分の気持ちを全く分かってもらえない。」
そんなふうに、身近な人間関係で、悩んでいたりしませんか?
ひとつのワークを行うだけでも、心が整理されてゆき、風が吹き抜けるのを感じました。
人間関係における、心のもやもやをなくしたいあなたには、おすすめの一冊ですよ!
人間行動学の世界的第一人者Dr.ディマティーニに関しては、こちらの記事で詳しくご紹介していますので参考にどうぞ!
目次
ディマティーニ「心を知る技術」が、自分の心をみつめるきっかけに
この本を読み始めたころは、フンフン、人間関係を良くするには、相手の価値観をよく知ることがいいのね~とぼんやり思っていました。
(職場、自宅などの、自分がよくいる場所を最も多く満たしているものは何か?)
というのが、ディマティーニの代表的なメソッドのひとつ
「バリュー・ディターミネーション」をやってみることで紐解かれていきます。
そうして読み進めていくうちに、自分自身の頭の中が全然整理できていないことに気づいたのです。
自分の価値観って・・・?
相手の価値観以前に、自分のことすらぼんやりしていました。
今のところの私の価値観の優先順位の最上位は、
『世の中を明るく軽く温かくしようと本気で思っている人たちを手伝いたい!』
かな と感じます。
ただ、バリュー・ディターミネーション(自分の価値観の優先順位を知るメソッド)はじっくり時間をかけることで、本質的な価値観に気づけるものなので、もっと時間をかけたほうが、より繊細に気づけるものなのだと思います。
ここでは、最上位の価値観であると仮定して話を進めますね。
他人の価値基準で子育てをしようとして、苦しさを感じていた話
「憧れ、尊敬する生き方をしている人たちを手伝いたい!」
そう思うのに、たびたびエネルギー不足になる自分に嫌気がさしていました。
わたしは、二児の母なのですが、家事全般が得意ではありません。
似顔絵やイラストを描くのが好きです。
以前から、絵を描く時などには、自分自身食べるのを忘れて没頭してしまったりするし、子どもには、テキトーな物を食べさせたり
・・とても母業をがんばってます!とは胸を張って言えません。
長女が幼い頃は、24時近くまで寝かしつけてすらいないことも多々ありました。
それは良くないと認識して(思い込んで)いたのに、できない自分だったから、苦しかったんです。
それは、
子どもを産んだら母業を何よりも頑張る「べき」だよね
という、他人の価値観基準に合わせようとしていたからなのかもしれません。
母なら、家事全般できるのが1番だよね!
母なら、「子育て、料理、教育」が優先順位の上位に来る「べき」だよね
という思考がいつもどこかにあり、
それができていない私は「子どもに対して興味がない冷たい母」というレッテルを自分に貼っていたことに気付きました。
価値観の優先順位に、普通はありません。
人の数だけ違って当然なのです。
あなたにとって最優先の価値を置いていないものが、あなたにとって何の価値もないわけではないことを知っておいてください。
一日14時間仕事をする働きバチだって、家族を大切にすることはもちろんできます。ただ優先順位のトップではないというだけなのです。
子育て、料理、家事の優先順位が低いことは、
決して、子どもや夫に愛情がないのとイコールにはならないんだ!ということに気づきました。
その時、自分はなんてダメ母だ!とムダに責めることに費やしていたエネルギーが消えてゆくのを感じました。
それからは、責めるために使っていたエネルギーを、モチベーションが上がらなかった家事や夕飯の準備の時間に変換できつつあります。
価値観を自分の中で偽ってしまうと、本来使うべきところにエネルギーが向かなくなるのかもしれません。
できない自分もいれば、できる自分もいるんだ! と嬉しくなりました。
「心を知る技術」が教えてくれること|人は皆、両面を備えている
人は皆、愛の表れです。そして、自立と依存、優しさと冷たさ、従順と反発など、両面を備えています。
ほんのつい最近まで子育てや家事の優先順位の低さに引け目を感じていました。
夕飯時に夫がいないことも多く、
なぜか
「こどもと一緒にご飯を食べたくない」
「話しかけられたくない」
という感情が湧いてきて、夕食の間キッチンにこもってしまう。
そんな自分はなんて冷たいんだ!と自己否定に走っていました。
もしかしたら、自分で貼ったレッテル「冷たい母」をより演じようと、潜在意識が働きかけていた部分もあるのかもしれません。
ディマティーニは、冷たい があれば、同じくらいの 温かい も同じ人の中に存在するのだと伝えています。
ポコポコうねうね胎動を感じていた時、
お腹で一緒に生きていた命と対面した時、
おっぱいを一生懸命に飲む赤ちゃんを見つめる時、
幼稚園の運動会のお遊戯では固まっていた長女が親子ダンスを踊れた時、
寝言をしゃべる次女・・・
思わず笑みがこぼれるような、心が温かくなり、愛しいと感じた瞬間は数えきれないくらい、いっぱいありました。
そういう瞬間瞬間がたしかにあったのに「冷たい自分」だと思い込んでしまうと、忘れてしまうんですよね。
「何品もおかずを用意できる母がフツウ」という思い込み。
「料理上手な母なら心から感謝できる」という思い込み。
そういう思い込みの幻想を抱いていたために、自分の中にある愛の存在を度々信じられなくなりました。
長女も次女も、毎度 母の日などの手紙に
「いつもごはんつくってくれてありがとう」
と書いてくれていたのですが、
「一般的な母に対する定型分みたいなこと、わざわざ書かなくていいのに・・」私はずっと素直に受け取れなかったのです。
料理の準備も遅い上に、汁とおかずとサラダ3品があれば良い方、1品だけの時もある。
参加してきたセミナーなどの学びで、良い気持ちで料理をした方がいいとわかっているのに、
そんな自分にばかり、意識を向けてしまっていました。
普段から「ママの餃子すき、オムライスすき」と素直に伝えてくれていたのに
「ごはんいつもありがとう」を「どうせ定型文だ」とひねて解釈していたのです。
世の中を明るく軽く温かくしようとしている人たちのお手伝いをするには、
自分自身が「明るく軽く温かく」の状態に近づくことが大事なのに、
「こうなりたい自分」ではなく「できない自分」にばかり意識が向いて感情が偏っていたのです。
「母業できないな・・」という自己否定の視点から「母であることを、最上位の価値観にリンクさせるには」と視点をかえたら、自然とあたたかい感情が戻ってきました。
ディズニーキャラの声真似をして笑わせたり、ギャハハと家族と自然にふざけて笑いあっていました。
「ああ、大事なのは、なんでもない時の、このあたたかみだ」
とその時感じたのです。
家事や料理など、作業する「べき」なのに「できない」という考えが私のエネルギーを消耗させていたのです。
自分を占めている価値観の優先順位の上位は何か、そのことをしっかり認識することの大事さを感じました。
認めていない自分の一部を愛するようになれば、この世界をすべて受け入れることができる
子ども部屋を整理していたら、次女のこんな手紙を発見しました。
ママいつもごはんつくってくれてありがとう♡
げんきになってかたづけてべんきょうしてる人をうかんでいたんだね。
だけど◯◯は、こんなうるさいし、べんきょうもやらないし、かたづけないし、スイッチばっかだし、もんくするし、おこるし、
だから◯◯は、ふだんこんなことするけどじぶんのあたまのなかでは↑こうゆうことなんだよ。
ーーーーーーーー
このまえゆったこと・・は
「◯◯は、ほんとはおこりたくないけど、おこっちゃうんだよ。だからおこりんぼうおにになっていたら、ストップっていってね。」
と言っていたことがあったので、そのことかな?と思うのですが、娘と答え合わせしていないのでわかりません(笑)
娘は、自分の中にある正反対の感情の存在と向き合っているのかなと、手紙から感じました。
ディマティーニは、
プラスの面だけを相手に望み、自分も相手もそうあるべきだと信じ始めた瞬間、人は幻想に生きることになります。
けれども、これまで認めていなかった自分の一部を愛するようになれば、この世界のすべてを受け入れることができるようになるでしょう。
と言います。
この手紙の主(次女)は、前々から、
「パパこわいけどしごとがんばってくれてありがとう」
「ママいつもおこってるけどすきだよ」
とか、余計な一言が多い手紙をくれていたけど(笑)
相反する感情などを含めた自分を認めることや、ネガティブな部分を含めた存在そのものを愛することの大事さを、伝えてくれていたのかもしれません。
ディマティーニは、
子どもたちは、両親が抑制し、捨て去ろうとしている部分を表現する傾向があります。
とも言っています。
抑え込んでいる自分の何かが、娘の「おこりんぼう」として表現されているのかもしれない。
そう思ったら、ただイラっとするのではなく、自分の心を探る必要がありそうですね。
ディマティーニが繰り返し伝えている”両極性の法則”
ディマティーニ・メソッドは、2、3時間かけても、偏った考えがバランスをとれるまで続けてください!
とディマティーニは言います。
「書き込むのかぁ、めんどくさい・・」「私にはできなさそう・・」
と感じる私みたいなタイプも(苦笑)、自分に言い訳せず、最後までやり遂げられる!と信じてメソッドをやり抜くことが大事とディマティーニは伝えています。
ディマティーニ・メソッドとは、
どんな自分も完璧なバランスの中にいることを確認し、自分の潜在意識が、「納得した!」と思うまで、じっくり向き合う作業なのだと思います。
ただ、メソッドをやらずとも「心を知る技術」には、重要なことに関して、かなり似たフレーズが繰り返し何度もでてくるので、心にしみこんできますよ!
たとえば、
誰もがすべての特性と、それと対になる正反対の特性を同時に同じ程度持ちます。
ただ、あなたの価値観の優先順位に従って、その表現方法が変わるだけです。
すべての人は、あなたを映し出す鏡です。
あなたが相手の中に見ているものを、その相手はあなたの中に見ているのです。
このような内容も繰り返し、繰り返し、本の中に登場します。
自分が心酔している相手の中にも、大好きな特性と真逆の特性があり、
自分が、許せないと思っている相手の中にも、受け入れがたい特性と真逆の特性がある
その、大好きな特性と受け入れがたい特性は、自分の中にも同じように存在するのだと言います。
それを真に理解できたら、過剰に人や自分を嫌悪したり、過剰に自惚れたり、過大評価しなくなる。
そうすることで、ニュートラルな愛の中心に還ることができる。
そんなメソッドを身につけましょうと、何度も伝えてくれているように思います。
ディマティーニ「心を知る技術」のメソッドがもたらす、人間関係の変化とは
この記事では、ほんの一部しかお伝えしなかったですが、
この本をじっくり読むことやエクササイズ、メソッドを実践することで、
様々な状況の人間関係に、最高の変化をもたらすことができるのではないでしょうか。
その他にも、割と夫婦関係において重要な位置にあると感じている「セックス」についても、8章で多くのヒントが語られています。
パートナーと自分の価値観を尊重しあい、お互いへの心配り(愛)で結ばれることがこの章のテーマです。
その章の中で、印象的だと思った箇所を最後にお伝えしますね。
人生の重荷とは、アンバランスな物の見方のことです。誰もが重荷を人間関係の中に持ち込みます。
誰かと関係を持つことの本質が、この重荷を下ろす手助けをしてもらうためだということです。
重荷をすっかり下ろしてしまうか、それとも、そのまま重荷を背負い続けるかは、あなたの選択次第です。
これは、性的な関係に限らず、出会うすべての人たちという鏡を通して、自分の思い込みなどに気づき、乗り越え、人生を前に進めるかはあなた次第だ。
というメッセージと受け取りました。
あなたには、過剰に良いと思い込んでいる面や、過剰に悪いと思い込んでいる面がありませんか?
思い込み続けたまま、その反対の特性があることに気づこうとせず、同じような出来事や、同じ思考のプロセスを繰り返す人生を選びますか?
それとも、思い込みや幻想の重荷を一つずつ下ろし、明るく軽く温かくなってゆき、愛の中心に還るルートを選びますか?
この本を読むことで「ほんとうは自分が何に価値を置いているのか」
自分自身が気付かなかった心の奥底に近づくことができます。
また、
きっと通じ合えないと夫婦関係をあきらめてしまっている人。
あの人が一生許せないと思っている人。
過去の苦い経験が忘れられない人。
身近な人と関わっている時の自分がきらいと感じる人。
そんな悩みを抱える人にこそ試していただきたいメソッドが盛りだくさんなので、ぜひ一度読んでみてくださいね。
きっと、読むだけでも「心から安らげる愛の中心に還る方法」そのヒントを見つけていただけることができますよ!
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。管理人の佐藤想一郎と申します。
私が執筆しました、レポート『Cycle(サイクル)』では、今まであまり語られることのなかった〝引き寄せの法則の、もう1つの側面〟について書いています。
・「ワクワク」のダークサイド(暗黒面)とは
・9割の人が見落とす〝引き寄せられない〟根本原因
・想像すら超えた未来を引き寄せる、運命を変える秘訣
といったことにも触れています。
よろしければ読んでみてくださいね。
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