魂を磨く

ありのままの自分でいい!いい人を卒業してありのままで生きる方法

人間はありのままで生きることが難しいものです。

色んな事を心に秘めて生きているのではないでしょうか。

社会的にこうあるべきという立場を演じてみたり、一方で人に言えないような欲を抱えていたり、本心とは違うことを話してみたり、カッコつけたくて嘘をついたり。

そんな風に自分に嘘をつくのに慣れてしまうと、自分までが自分に騙されてきて、まるで嘘の方が本当のような気がしてきませんか?

けれども何となく、心の中がざわついているのも感じている。

本当に自分が感じていることは、表面的な言葉や感情や思考の奥底にあります。

本当は自分がどう思っているのか、何を考えているのか、何を伝えたいのか、何をしたいのか、そういう本当の自分を受け入れることは恐怖を伴いますが、それと同時に深い安心感に包まれたりもします。

何者かになろうとしなくても良いのだ、と。

もう、何かに変わろうとしなくても良いのです。

目の前の現実を充実させるためには、まずは己をありのままに感じることです。

それによって、自分を心から好きになることができます。

分かっているつもりで一番分かっていない、自分と対話してみましょう。

ありのままの自分が分からなくなってしまった原因とは


なぜありのままの自分を自分で見失ってしまったのでしょうか。

これはあなたのせいではなく、環境や周囲からの影響がとても大きいのです。

親からしつけられたこと、先生から言われた言葉、友人たちの反応。

私たちの多くが、これまで生きてきた中で植え付けられたものを参考にして生きています。

たとえば私は、外見にコンプレックスがありそれでイジメを受けたこともあるので、常に自分が誰かに笑われているのではないか、自分のことを非難しているのではないか、気を遣われているのではないかと神経を張り巡らして生きていました。

全く自信もありません。

ですから、友だちといてもこの人に嫌われないためにはどうしたら良いかと、相手に合わせてばかりで本心を言うことは絶対にありませんでした。

A子:「カリーネちゃん、今日何して遊ぶ?」

カリーネ:「A子ちゃんはどう?私どこでも良いよ(本当は外で遊びたいな…)」

A子:「じゃあさ、お家で〇〇の映画みようよ~」

カリーネ:「あ、良いね。面白そう!(全然興味ないんだけど…)」

こんなことは日常茶飯事でしたから、何となく何を言ってもオーケーな人みたいな人になっていましたし、何を考えているか分からない(感情を出さない人)とよく言われていました。

実際、自分でも意見何ていうものは全く浮かびません。

これはいじめられたり、非難されたりすることへの「恐怖心」から自分を偽ったパターンですが、こんな人はいませんか?

「認められたい」という一心で望まれる自分を演じてきた人。

もしかしたら、こちらの方が多いかもしれませんね。

私の父は収入もまばらで酔っぱらって外で人と喧嘩することもしばしば、とても破天荒な人だったので、母親はいつも父親のことばかり考えてはイライラしていました。

母からの愛情が欲しかった私は、母の期待に応えようと必死に言うことを聞いたり、望む職業に就職したり、大人になってからも本当につい最近まで家族のことばかり考えて生きてきたのです。

自分が本当にしたいことは、あまり浮かびませんでしたが、自由人な父譲りの性格が心の奥底でささやいていることは見なかったことにして、真面目で安定した職業や性格が本来の自分であると思い込もうとしてきました。

こんな風にただただ、親や周りの望む通りにして生きれば、争いや喧嘩はありませんし、なんとなく「良い人」でいられますが、確実に自分の人生ではありませんでした。

あなたにもこんな経験はありませんか?

いったい誰の人生を生きているのでしょう。

もう、良い人の自分や誰かの顔色を窺ってしまう生き方から卒業したい、そんなあなたは次のようなことを意識してみてはどうでしょうか。

会話中に浮かんだ、辛辣な脳内ツッコミを受け入れる


実はこれは、意識しないと自分の本心は分からないものです。

ぼんやりとしている時に脳内独り言がふと聞こえてきて、「自分って、こんなこと考えてたんだ…」と驚くことはありませんか?

上司:「いや~、カリーネさんいつもよく頑張ってくれてるねぇ。」

カリーネ:「恐れ入ります(本当はそう思ってないだろ。というか嫌な予感がするわぁ)。」

上司:「それでね、さっき回してくれた書類だけど、『致します』と『いたします』が混在してるから、ざーっと直してくれる?」

カリーネ:「あ、失礼いたしました。早急に訂正いたしますね。(っていうか、どうでもいい指摘だっつーの!あなたのそういうネチネチしたところを直してくれぃヽ(`Д´)ノ。)」

みたいな感じで(笑)、この( )内の言葉はもの凄いスピードで登場します。

脳内独り言が、ひとりでにフルで働いている時もあったりしませんか?

上記の例は自分でも自覚しているパターンですが、知らないうちに発動してしまっていることがあります。

パートナーに対して「うわ~、やっぱり失敗だった……」とか、同僚と談笑している最中に「あなたとは職場以外で付き合う気はないから」みたいな、結構ヒドイことを言っていたりするものです(笑)

その時に大切なのは、「こんなヒドイ自分はダメだ」と思わないことです。

「良い人」に自分を当てはめようとしないことでもあります。

ヒドイことを思ったり、人を嫌う自分を許し受け入れるのです。

「こんな時、自分ってこんな風に思ってるんだなぁ(笑)」というのをただ観察してみて、笑ってあげて下さい。

案外と「嫌な奴」である自分を楽しめるのではないでしょうか。

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上手に生きること・勝つことを手放す


ありのままに正直に生きることは、周りとの関係で自分の気持ちを隠して合わせていた人にとって、とっても勇気のいることですよね。

また、本心を隠し関係を上手く操作することで、状況を有利にしてきた人もいるかもしれませんが、それを手放すことが心に素直に生きることになります。

ですから、ありのままに生きるということは、自分にとってむしろ傍から見ると不利益を被るものかもしれません。

素の自分でいることは、相手に期待されても合わせないことであったり、駆け引きすることをやめることですから。

私の元同僚でこんな人がいました。

彼女は、誰かが落ち込んでいると机にそっとお手紙付きでお菓子を置いてくれたり、何か気づいたことがあったら必ずシェアしたりと、何かと周囲に気を配る人でした。

時々仕事に関してルーズな同僚がいると、「自分が伝えなければ」と少し口調がキツクなりながら指摘することもあります。

自分は敢えて悪者をかって出ているんだ、という自負があるように見えました。

先回りして色々と気を配ること、疲れている人弱っている人を必ずフォローすること、そういうのができるのは自分しかいない、そう思ってやっているのが私からはよく分かりました。

けれどもこんなに頑張っているのに、なぜか同僚たちからはあまり彼女を良く思ってはいないようです。

「言っていることも正しいし、やっていることも良いことなんだけど、結局、全部自分のためにやってるのが分かるから」

彼女が躍起になって頑張れば頑張るほど、周囲はどんどん心が離れていっているようでした。

こんな人、あなたの周りにもいませんか?

仕事もできるし、気配りも上手なのに、それを何のためにしているかということを、皆敏感に感じ取ってしまうのです。

私は彼女と目があった時、ニッコリしていた口元の口角が突然下がり、真顔になる瞬間を度々みることがあり、この人の本心はこっちなのかなと感じられる瞬間を何度か目撃しました。

「そこまでして、どうしてそんなに評価が欲しいの?もう誰かに勝とうとすることをやめれば良いのに…」

何度も言葉を飲み込みました。

自己を正当化しようとしたり、承認されようとしたりすると、いくら一生懸命に働きかけられても一緒に居たいとは思えません。

私はというと、無理だなと思う仕事は断りますし、本当に自分が話したいと思う時だけ声をかけ、相手が寄ってきても話をしたくない相手に対してはすぐに話を終わらせます。

「こういう人間なので」

という雰囲気ができてしまえば、これほど楽なことはありません。

周りの人にどう思われるかよりも、自分に嘘をつき続ける方が耐えられないのです。

一度「良い人」「できる人」を演じてしまうと、「自分ってこんなに凄いんです」をずーっと続けることになりますよね。

相手から「なんだ、本当は大したことないじゃん」って思われたら、どうしようという不安を抱えながら。

もうこれは、相手軸に操作されているのに他なりません。

それはそれで良いという選択もありますが、他人からの評価を思い切って手放してしまえば、自分軸で「自分が選択する人生」を切り拓くことができます。

ありのままに生きること「道(タオ)」とは


「道(タオ)」というのは、古代中国の人達がみつけた宇宙や大自然を貫く絶対法則のことです。

古代の中国人たちは、様々な高度な文明を生み出していきました。

なかでもこの「道」の思想は、宇宙、地球、自然など万物に共通するの絶対的なもので、今でもあらゆる思想の根底にある大切な哲学の1つと言えます。

自然の一部であるちっぽけな我々人間は、この万物の法則から逃れることができません。

「この法則は天地が始まる以前から存在するもので、万物の根源であって、永遠不変の真理のようなもの」

謎めいてきましたね(笑)

では「道」の思想哲学は一体どういうものか老子先生にご説明願おうと思うと、

老子:「これが道だと説明できるようなものはないのじゃ」

へ?(◎_◎;)

カリーネ:「(困るんですけど~)そこをなんとか、頼みます先生。」

老子:「説明できないからこそ、その『道』というのにしたがって、あるがままに生きることが大事だということよ(笑)」

カリーネ:「老子様~、やっぱりまだ分かりませ~ん…(・・;?」

説明になっていないようではありますが(;^_^A、つまりはよく聞くところの「無為自然」な生き方こそが理想なのだそうです。

今回のテーマである「ありのままでいる」ということですね。

人は作為のない状態で「ありのまま」でいるのが良いと、古代中国の哲学書『老子』には書かれています。

素を見(あらわ)にし 樸(ぼく)を抱き 私を少なくし、欲を寡(すくな)からしむ

(訳:自然のままにいて、木なら原木のままを大切にし、自分が自分がという我執をなくして、欲を持ちすぎないことだ)

~老子 第十九章~

我欲によって本来の自然な自分を見失うことなく、あるがままに生きよというのですね。

これは捉え方を間違うと、人を堕落させてしまう危険性がある言葉なのかなとも思います。

老子先生も言葉少ななので(笑)、ちょっと他の方とは違うところもあるのですが、私なりの解釈を書かせていただきます。

この言葉は、決して何もしなくても良いということではないと思います。

「素」というのはその人の本来の性質、持ち味とも言えますし、持って生まれた能力と捉えることもできます。

いわば、神から授けられたものともいえますね。

何かの命があって授けられているものと、個人的には考えています。

それを「あらわにする」ということは、隠されていたもの秘めていたものを、明らかにしてくことかなと思いました。

自分という人生を生きながら、持って生まれた性質・能力や培ってきた才能を、自分なりに探求し明らかにしていくということですね。

例えば大げさな話ですが、私が突然「野球選手になります!」と言っても無理なわけです(;^ω^)

「樸」というのは加工していない原木という意味の外にも、「素直で飾り気がない」という意味もあります。

変に自分の才能のない分野を開拓しようとするのではなくて、持って生まれた才能に素直になって、深く掘り下げ大切に育てていくことと捉えてはどうでしょうか。

そして、「私」を少なくし「欲」を寡くさせましょうですから、争いよりも協調の世界を貴ぶような思想ですよね。

誰かに認められたい、人より上に立ちたい、自分だけが好かれたい、勝ちたい、優れている……

そんなところを目指しても結局は空しく疲弊していくだけです。

道家の別の言葉で、「不争謙下(ふそうけんか)」という言葉もあります。

これは、人間の上昇志向が元で争いが起こり世の中が乱れる、という言葉です。

まさに現代社会を表していますね。

誰かと闘う生き方をやめて、各人が相手を尊重しへりくだることで、全員が活きるような組織を目指しましょうということなのです。

人にどう思われるかという生き方から脱却して、自分の持ち味とは才能とは何かその「原木」を深く探り、自分がどう生きたいかに素直に後悔なく生きることを選択してみてはいかがでしょうか。

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ありのままに生きた偉人の名言


世間からの声もものともせずに、逞しく生きた(ている)偉人の名言をご紹介します。

強く生きる勇気をもらいましょう。

・『人生をあるがままに生きよう。そして、感謝を忘れないように。』
~ ジョルジュ・サンド(作家) ~

・わたしにとって最高の勝利は、ありのままで生きられるようになったこと。
自分と他人の欠点を受け入れられるようになったことです。
~ オードリー・ヘップバーン(女優) ~

・私は好きなことしかしない。
私は自分の人生を、自分が好きなことだけで切り開いてきたの。
~ ココ・シャネル(ファッションデザイナー) ~

・99人があきれても1人が笑えば俺たちの勝ちじゃねーか。
町中で俺に中指立ててる奴がいたら、俺は「 I LOVE YOU 」って言ってやる。 俺ってそういう男。
~ 江頭2:50(お笑い芸人) ~

なにげに、江頭さんの言葉が一番刺さってしまいました(笑)

愛を感じますね~、とっても素敵です(^_-)-☆

あるがままに生きるということは、決して世捨て人のようになったり、世間と決別したりすることではないようです。

人の目を気にながら生きていた人生を決別し、何にも捉われず素直に生きることで、もう一度改めて世間と仲良くしていくことではないでしょうか。

「あるがままに生きられたらいいな~」と思ってその後どうするかで、人生が分かれていきます。

「でも、ちょっと今までの関係性があるし…、あの人にこう思われたらどうしよう…」

その状況はいつか改善されるのでしょうか。

誰かのせいや状況のせいにしていると、ずっと変われないままなのです。

そしてうまくいっていないのを、自分以外のせいにし続けているうちは、巻き込まれ人生でしかありません。

これは全て私が選択したことと、この自分の人生の責任を自分が追うと決められるかどうかに、未来がかかっています。

「いつかこうなったら」

「あの人がこうなったら」

状況に身を委ねるのではなく、人生は「やる」か「やらない」かの二択。

その二択はあなたの手中にあります。

自分の人生の責任は自分で追うと決め、「これからはこれが私の生き方だから」と堂々と宣言することで、もうあなたの「あるがままに生きる」人生がはじまっています。

ありのままの自分で生きるには|まとめ


あなたがこれまで自分の気持ちよりも周囲の状況に合わせてきたのは、自分よりも大切にしたい存在がいたり、自分を認めて欲しいという切なる思いからかもしれません。

「あの人が喜ぶ顔が見たかった…」

「誰かに私の価値を認めてほしい…」

本当の自分を隠して合わせてきたのは、誰かが喜ぶ姿を見てきっと幸せを感じられたからだと思うのです。

けれども、それが本来の自分でいないことに気づいているならば、優しく手放しましょう。

そして勇気をもって自分の内側と向き合いましょう。

本当は何を感じているの?

本当は何がしたいの?

本当はどう生きたいの?

ありのままの自分を見ることは、もしかするととっても残酷で、意地悪で、恥ずかしくて、惨めで、情けない自分を認めることになるのかもしれません。

でも、それが何だというのでしょう。

誰かより勝っているから良い訳ではないですし、優れているから好かれるという訳ではないですし、好かれることが一概に良いと言えないと思うんです。

好かれるために気を遣って消耗するのは、時間がもったいない気もします。

好かれたいと気にするほどそれが遠ざかるものだったりしますし、嫌う人からは何をしても嫌われちゃいますから(笑)

人の評価は放っておくことです。

大切なのは自分にも他者にもカッコつけない生き方を選択すること。

自分さえ本来の自分の存在価値を認めて上げられれば、誰かに認められなくても結構充実して生きられますよ。

ABOUT ME
高橋久美
会社を8年でやめてフリーライター4年目。たまたまブログから見つけた佐藤想一郎さんのご縁で最高の仲間たちと出会い、WEB媒体の他、最近はブックライティング、雑誌の編集など忙しくも充実した毎日を送っている。読んだ人の心が明るくなって、人生まで良くなってしまうような文章を目指して修行中。→ 詳しいプロフィールはこちらから
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ここまで読んでくださって、ありがとうございます。管理人の佐藤想一郎と申します。

私が執筆しました、レポート『Cycle(サイクル)』では、今まであまり語られることのなかった〝引き寄せの法則の、もう1つの側面〟について書いています。

・「ワクワク」のダークサイド(暗黒面)とは
・9割の人が見落とす〝引き寄せられない〟根本原因
・想像すら超えた未来を引き寄せる、運命を変える秘訣

といったことにも触れています。

よろしければ読んでみてくださいね。

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