魂を磨く

夢の見つけ方|遠くを探すよりも、身近にある「夢中になれること」

夢の見つけ方

私たちは、小さい頃から「夢」を持つのが当たり前のように教えられてきました。

まだ世の中のことをちっとも分からないのに「将来の夢」の作文を書かされ、大きな夢を持ってそれに向かって努力して突き進むのがカッコイイ生き方なんだ、というイメージを持つようになります。

しかし、大きな夢と明確な目標を掲げて努力し続けられるのはごく一握りの人だけで、多くの人は自分の夢が分からない・見つからない、やりたいこと探しの旅が終わらない「夢ジプシー」になっているのではないでしょうか。

勉強も仕事も、趣味もそこそこに楽しくやってはいるけれど、人生を掛けられるような夢がなく、無気力で、虚しい日々を送っている人もいるかもしれません。

自己啓発セミナーに出てみても、「自分の中の制限を取っ払って、何でもしていいとしたら何をしたいですか? 大きな夢を、幾つでも書いてみましょう!」と言われるだけで、誰かが夢を与えてくれるわけではありません。

夢とは、どうやって見つけたたら良いのでしょうか?

夢の見つけ方、私の体験談

憧れるけど、そこまでじゃなかった

私の小学生のときの夢は「パイロットになりたい」でした。

父親が航空ファンで、パイロットはすごい!という話を常々聞かされ、空港に連れて行かれて飛行機を見たり、本棚にも飛行機関係の本が並んでいるのを勝手に見て、私もパイロットに憧れるようになりました。

でも、あまりピンと来ているわけではありませんでした。

パイロットになるのに向けて努力したことと言えば、一応、視力が大事らしいということでテレビは離れて見るように気をつけていました。

「管制官とのやりとりは、国内でも全部英語なんだぞ」と言われて、英語もちょっと習って勉強していましたが、必死にというほどではありませんでした。

中学、高校と進んでいくうちに、パイロットになるには物理とか苦手な勉強をしなくちゃいけないらしい事を知り、「じゃあ、別にいいや」と私はアッサリ諦めてしまいます。

その代わり、高校の時に夢中になっていたのが「洋裁」でした。

今度は漫画『ご近所物語』に憧れて、また、田舎でなかなか着たいような可愛い服が売っていなかったこともあり、「自分で作ってしまおう」となったんです。

私が好きだったのは、いわゆる「ゴスロリ」服。

お母さんにミシンを買ってもらって、普通のワンピースやジャンパースカートの型紙を自分でアレンジして、フリルやレースを満載にした服を作っていました。

しかし、ファッションの道に進みたい!というような気概はなく、「いい大学に行けよ」と言い遺してて死んだ祖母に素直に従って、私は普通の大学に進学し、普通の会社に就職します。

もともと、買えないなら作っちゃおうというノリだったので、アルバイトをして可愛いお洋服がたくさん買えれば、それで満足だったのです。

いいなあ、素敵だなあ、と思うものがあっても、それに向かって人生の全部を捧げられるような「夢」にはなりませんでした。

だから、ちょっと大変だなと思うことがあると、そこで「別にいいや」となってしまう。

ふと振り返ってみたら、私の人生には5年、10年と本気で取り組み続けられたことが1個もなかったのです。

毎日、楽しいことがないわけじゃないんだけど、このままじゃ何も残らないで一生が終わってしまう気がして、ぼんやりと焦っていました。

必死になってやったこと

今、私はこう行ったサイトの記事を書く「ライター」の仕事をしています。

文章を書く仕事には、別に憧れてなったわけではありませんでした。

たまたま必要に迫られて勉強しているうちに、ご縁があって仕事を頼んでもらえるようになったのでした。

最初は、「1日に1万文字以上は書いてください」という注文だったので、とにかく量をこなすのに必死でした。

書くのが早い人なら1日に2万文字以上は余裕なんですけど、当時の私には1万文字でもかなりハードル高めだったんですね。

手探りで色んな記事を書いているうちに、本当にたま〜に、20本に1本くらい、ヒットする記事が出るようになりました。

何かに悩んで、ネットで調べ物をしようとした人が、私の書いた記事を見つけて読んでくれている。

そして、中には「すごく参考になりました」「心が軽くなりました」などと感想のメールを送ってくれる人もいる。

私自身は全然できた人間でもないし、ただ誰かから教わったことや、本から学んだことをまとめているだけだけど、それで喜んで、感謝してくれる人がいるんだ!!

それは、私にとって原稿料以上に大きな喜びでした。

ライターの仕事は、自分の書いた記事で誰かの気持ちが変わる、もしかしたら人生が大きく変わるかもしれない、そんな重要な仕事だったんだ、と気づきました。

パイロットにも、ファッションデザイナーにもなれなくて、なりゆきでやってた仕事だと思っていたけれど、もしかしたら、なるべくして、導かれてなったのかもしれない、そんな感覚すらありました。

今の私の夢は、世界中の人が感動し、気持ちが明るくなって、人生が変わるきっかけになるような物語を書き続けることです。

そのためには、もっと勉強しなくちゃいけないし、もっと人のことを知らなきゃいけないし、筆力も磨かなくちゃいけない。

そう思ったら、毎日ブログを書くのも1本、1本が真剣勝負で、本当に夢中になってやれるようになりました。

執筆している以外の時間も、いつもブログのためにアンテナを張っていて、「これは面白いネタになりそうだぞ」とか「こっちを選んだほうがネタとして面白そうだなあ」などと考えています。

夢に向かって走っているというよりも、夢の中で生きている感じです。

夢は、「夢中になれること」の延長にある

「無我夢中」という四字熟語がありますけど、上手いこと言うなあと思います。

例えば私だったら、ブログに夢中になっている間は、自分が有名になりたいとか、認められたい、愛されたいみたいな「我」を忘れていられるからです。

以前の私も含めて、しっくりくる夢が見つからない多くの人はきっと、夢を「どこか遠くにあるもの」だと思っています。

遠くにあるから、ぼんやりして「別に行けなくてもいいや」となるのです。

大きな夢を追いかける人たちも、その夢を持つに至った経緯を見ているとすごく身近なところからスタートしています。

例えば、ノーベル平和賞を受賞したマララ・ユサフザイさんは「全世界であらゆる子どもに無償の義務教育を与えること」という途方もない夢を掲げています。

これは、急にどこか遠くに住んでる人が可哀想だからと思いついたわけではなく、マララさん自身がタリバンに村を制圧されて学校に行けなかったり銃撃されたりした経験に基づいています。

スポーツ選手も、ビジネスで成功する人も、過去を紐解いてみると、みんな身近なところから夢をスタートしています。

自分が経験して憤りを感じたこと、時間を忘れてただ夢中になれること、そういった実体験を伴うものの延長上に、究極どこを目指したいか?というのが「夢」なのです。

だって、自分ごととして考えられないボンヤリしたもののために、そんなに頑張れないじゃないですか。

そうじゃなくて、自分が本当に感動したこと、清々しかったこと、怒りに震えたこと、没頭できたことなど、何か「肌感覚」を伴うものが必要です。

あるピアニストの人は、ご両親も別に音楽家ではなかったけれど、たまたま連れていってもらった地域のコンサートでピアノの演奏に感応し、自ら「ピアノをやりたい!」と親に言い、遠くの先生のところまで自分で通って練習し、コンサートプロにまでなってしまったそうです。

大きな夢もどこか遠くに落っこちているのではなく、もっと身近な、「何か夢中になれること」「魂が震える感覚」の先にあります。

なんでも良いから、必死にやってみよう

なぜ、多くの人が夢を見つけられないのか?

それは、「目の前のことに夢中になれていないから」です。

仕事でも、趣味でも、なんでも良いので今の自分にできることを全力でやってみること、人生の9割をそのために捧げるぐらいの勢いでやってみると、必ず何か気づきが得られるはずです。

大事なのは、「無我夢中」になれる瞬間をどのぐらい作れるか、です。

何かに没頭できる時間が、そのまま、大きな夢にも繋がっています。

だから、仕事をしている人なら、今やっているのがどんなつまらない仕事だったとしても、全力でやってみることです。

プロのスポーツ選手が試合のために食事から睡眠から全部を整えて、ベストコンディションで挑むように、普段の仕事をとても重要なイベントだという設定にして、超本気でやると良いのです。

すると、適当にこなしていた時には絶対に味わえない仕事の面白さや喜びが見つけられ、「夢中になっている瞬間」を体験できるわけです。

そうなった時に、「これのためなら人生をかけられる」という自分にとっての大事な価値観が見えてきます。

そして、その究極系が「夢」になります。

どうしたら、こんな風にお客さんに喜んでもらえる瞬間をもっと作れるだろうか? どうしたらもっと感動してもらえるだろうか?

お金や時間や労力の限界を考えない、最高のものを作るとしたら、それはどんなものでしょうか?

もしかしたら、生きている間には達成できないような、途方もない夢になるかもしれません。

でも、その究極系は達成できないぐらい大きく考えた方が良いのです。

東京から大阪を目指していれば、途中の神奈川とか静岡も通ることになりますが、最初から静岡を目標にしていたら神奈川までもたどり着けるかどうか、ということになってしまいますから。

ゴールは途方もなく高く掲げた方が、引っ張られて小さな目標なんかポコポコ達成できてしまうんですね。

そして、大きな夢にはたどり着けなかったとしても、瞬間瞬間、本気で、全力を尽くして、「夢中」になっていれば、魂が震えるような感動は毎日でも味わうことができるのです。

RPGのゲームをクリアした時は達成感がありますが、「ああ、物語が終わっちゃったんだなあ」という寂しさ、虚しさも同時に感じます。

ゲームは、クリアに向けてプレイしている時、その時々のレベルで一つひとつのクエストに全力で取り組んでいる時こそ、楽しいと思いませんか?

夢の見つけ方|まとめ

夢は、どこか遠くに探しに行くものではなく、今、目の前のことに必死になって全力を尽くして「無我夢中」に慣れたとき、その瞬間の延長上にあります。

魂が震えるような幸せな瞬間を、もっとたくさん、大きくした究極系が「夢」なのです。

だから、夢にはあなた自身の実体験・肌感覚が伴っている必要があり、逆にそれがあるなら何だって構いません。

今はまだ、ピンとくるものがなくても、仕事や家事を「プロフェッショナル」の意識で人生の9割をそのために捧げる気持ちでやってみると、必ずヒントが見つかります。

あなたにも、大きな夢が見つかりますように!

私の人生の転機

ここまでお読みいただきありがとうございます!

一人でも多くの方に新しい視点や考え方を知っていただき、心が軽くなったり、悩みが解決したり、人生をもっと楽しんでもらえたらいいな、と思いこのブログを書いています。

私はほんの3年前ぐらいまで、真っ暗闇のどん底の中にいました。

信じていた人に見捨てられ、寂しさを紛らわすように刺激的なゲームやネットの掲示板や動画を見まくり、一食にご飯を2合食べるほどの過食も止まらず、コンビニの袋だらけでゴミ屋敷寸前。人と比べては「自分はダメだ」と落ち込む日々でした。

ところが、私の先生であり、最も頼れる友人でもある佐藤想一郎そういちろうさんに出会って、人生が全く逆の方向に回り出しました。

まだ20代なのが信じられないくらい色んな経験をしていて知識も豊富なのですが、何よりも「良い未来」を信じさせてくれる不思議な説得力があり、私にとっては「王子様」のような存在です。

私も上手く乗せられて、当時の知り合いからは「別人みたい」と言われるほど明るく元気になり、仕事にも情熱を注げるようになりました。

想一郎さんのメールマガジン「裏カジノから逃げ出し、自由を獲得したストーリー」では、読んでいるだけで自分のことを好きになれるようになり、まわりの人との関係性も変わり、毎日にちょっと幸せを感じられるような温かさが生まれます。

そして、そうやって人生が変わった人たちで集まって、皆で楽しいイベントを沢山開いたりしています。

人生の流れを変えたい! 成長したい!と少しでも思われている人は、ぜひ一度読んでみてください。とってもオススメです。

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